名前をつけてやる

特別なことを書かないといけない気がして、でもそんなに気負うものでもないという気持ちもあり、結局何を書くべきかわからずなんとなく筆から遠ざかっていたらあっという間に誕生日も過ぎ、2021年も終わり、2022年という未知の世界。おれはおれとして生まれたがおれになる旅の途中。呪いはまじないとも読み、名前は最初に与えられる世界からの呪いだ。存在に輪郭が与えられる世界からのファーストコンタクト。『名前をつけてやる』ってアルバム名やっぱりやばいな〜。

 

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小さい頃、小学生とかそれくらいの時。

なんらかの授業で将来設計図みたいなものを書かされた。多分だけど27才くらいには結婚してる予定だった。地元・北海道でね。高校を卒業して大学を卒業して、父親と似たような仕事について、あとは誰かと同じような人生を歩んでいくんだと思っていた。

今の僕は来年どうなってるかすらわからない。東京に来ることを決心した時から、未来がもうまったく予想不可能で、転がるように生きている。尖ったんだか丸くなったんだか、その両方か、形を変えながら確信と不安を両方抱えて生きている、生きていく。そういう生き方をしていると、自然と感謝が湧いてくる。僕が今こうしてやっていけてるのは周囲の環境のおかげだ。今ある環境もそうだし、過去あった環境もそう。過去から現在も地続きで、未来もそう。でもそれは予想のつく未来ってことじゃなくて、なにが起こるかわからないけれど、これまでの大きな道のりがあったから、これからも大きな道のりを歩んでいくことになるだろうってこと。運命って信じてる、元々あったのか、後から宿ったのかはわからないけれど。おれはおれになる。名前は付けられたものでも、その意味は宿されていく。これまでとこれからに。