小雨が燦々と降る夜はエモい

詩、もしくは思想

蒼い蜘蛛、透明だった瞬間にわたしは

映画を観た、わたしが昔つくった曲を主題歌に使ってくれた映画を観た。前に監督の子のブログを偶然見つけたとき、ダメ元で連絡をくれたと書いてあった。ダメ元どころか、断る理由なんてわたしには無いんだけど、とても嬉しかった。わたしは、特にこの曲については、わたしだけのために書いている。わたしのために書いた曲が誰かの心に刺さって、そうして新しい作品が生まれたということ、こんなに嬉しいことなんてない。こんな感覚を世の中の何人が感じて死ねるんだろう。映画は綺麗だったんだけど、熱量で映像の端がザワついてるように見えた。生きるを詰め込んでいる感じがして、だらしないわたしの身体と心と暮らしが恥ずかしくなるくらい。素敵な人の残滓を分けてもらったり、希望の轍を踏んで生きているといつも思ってしまう。でもすぐ死にたくなる生き物が前を向いて生きていけるのはいつだって誰かのおかげだ。それは直接的でなくなったって、誰かが作ったものを観たり聴いたり食べたりしながら生きていく。わたしはわたしが貰っているものについては自覚できるけれど、わたしが誰かにあげられているかもしれないものは目に見えないし感じられないから、自己肯定感が低くて困るなぁ。誰かを傷つけたときはすぐわかるのに、なんなんだろう。何かを残したと思えるのは形になった時だけだから、そうだな、今日は曲作りを進めよう。

暗日

先日、虹走さんの初恋を壊された話を読んだ。何の気なしに見かけたので軽い気持ちで読み始めたら全1042ページ一気に読み進めてしまった。わたしは世代の割にインターネット文化への参入がかなり遅かったのでチャットとか掲示板への投稿をしたことはないんだけど、ここまで実名顔出しのユーザが増えてくる以前の古のツイッターでの自分の体験などがかなりリンクして、色々と響いたり思い起こされる部分がかなりあった。ほとんど実話とのことで、色々と壮絶な内容もあるので気が重たくなるかも知れませんが、とてもオススメです。

https://twitter.com/nijibashiri/status/990912549032943616?s=21

 

しばらく毎日日記を書いたり毎日歌を歌ったりしてたんだけど気持ち悪くなってしまった。自分から発せられる歌も文章もつまんないし、自分はつまんない生き物だという感覚はいつもちょいちょいやってくる。友達は大好きだけど他人に依存はしたくない。毎日生きてるって思って暮らしたい。意味のないことはしたくないけど意味があったかどうかはいつだって未来だけが教えてくれる。明日は明るい日って書く。明日はきっと素敵になるよね〜ハム太郎

自分になっていく

完全にやらかしている、何かっていうと、夜型になってます。眠りたいのに夜、眠れない。夜更かしはだいすきだけど眠りたい時に寝付けないのは厳しいものがありますね。

毎日書くと決めたものの書くことがなくなってきた感がある。出来事がなくても心が動けばなんでも書けるから、家にいるからって心動かせないことなんてなくて、本を読んだり映画を観たり、なんだってできる。つまり何にもしてないってことだ、よくないよこれは。ああでも最近リハビリというか、毎日歌うことにしている。そしてSNSにアップする。何人が観て、聴いてくれてるのかわからないけど、承認欲求とか聴いてほしいとか、そういうところから外れるための試み。だって関係ないじゃないそんなの。歌うって決めたから歌うの、誰かが聴いてくれるから褒めてくれるからやるんじゃなくて、決めたことをやるという行為のリハビリ。でも誰かが聴いて良いって思ってくれたら良いよねーくらいのもの。それと毎日筋トレはしてる。あとB'zのボーカルの稲葉さんもやってる呼吸筋を鍛える機材も買って、いちおう毎日やってる。あと滑舌のトレーニングもしてる。やってるぞ!っていうところから抜けるくらい当たり前の日常にしたい。決めたことをやる、それが全てで、とてもシンプルなこと。シンプルなことが大切って、気取った考えじゃなくて、なんでもかんでもゴチャゴチャと考えがちなわたしがあれやこれやと手を付けて、でも結局全部シンプルなんだよなあと納得した話。とても遠回りしている気がするけど、いつも後悔しないように人より心がけて生きてきた気もするし、まあやっていくしかない。

今夜は大好きなTHE NOVEMBERSのアンセムを歌った。THE NOVEMBERSは今わたしが最も信頼しているロックバンド。(「今」っていちおう付けておく、何が変わるかはわからないし。でもずっと変わらない気はしている)。THE NOVEMBERSは音楽ジャンルこそ変わっていくけど、芯はずっと変わっていなくて、地続きという感じがして本当に安心して聴ける、というかジャンルなんてない。人は変わるのなんて当たり前だし音楽は特に、その瞬間にしか作れないものやその瞬間にしか生まれない奇跡みたいなものが目立つ芸術だから、その瞬間にその瞬間の自分が偶然パキッとハマることも多々あるし、昔はすきだったとか今の方がすきとか、そういうの本当に沢山あるのは当たり前だと思う。でもそれはそれとして、もちろんTHE NOVEMBERSにもそういうのはあるけど、本当に純粋な気持ちで新作を楽しみにできる。前作がすきじゃなくても次回作に期待できるし、次回作がすきじゃなかったとしても、彼らが新しい音楽を作り続けていくという事象自体がとても嬉しい。話が脱線しちゃったけどわたしが歌った「今日も生きたね」という曲は、日記のような手紙のような独り言のような歌詞がとても気に入っている。思い上がりさ、から始まるのなんてとてもイカしている(これはギターのケンゴマツモトも言っていた)。あの力の抜け具合は真似しようとしてもなかなか真似できない、それはボーカルの小林祐介さんがいくつもいくつも素直な作品を作ってきて、掴んでいった感覚だからだと思う。これは何事もそうだけど、上手な人ほど息をするように話すように簡単に物事をこなす(ように見える)んだ、楽器とかもそう。わたしたちは母国語を当たり前に話すけど、新しく学ぶ言葉はたどたどしくなるのと同じで、使って使って身に馴染んで力を抜いて自然にできるようになったところで初めて見えてくるバランスというものがある。また話が脱線してしまった。まあなんだ、とにかく良い未来で会いましょうってことだ。わたしたちはわたしたちになろうとして、わたしたちになっていく。自分らしく生きるというのは、自分を目指して、自分になっていくということだ。

明日以降も生きる、そういう気持ち

書こうと思っている間に寝落ちた。毎日書こうと思ってから本当に3日坊主になって絶望している。。。

昨日は書籍を出版したメンバーとZOOMで遠隔飲みをした。なんだかんだ、もう3年近い付き合いになる。中学生くらいの頃、学生時代にできた友人こそ掛け替えのないもので、社会は厳しく新たな友人なんて出来ないなんて何故だか信じていた。当時はSNSなんてものも無かったから、自分の手の届く範囲以外のことを知る術がなかった。今となっては自分の意思で足を運んだ場で出会った友人ばかりが縁近い。何よりも挑戦というものが恐ろしい子供だったが、興味のあることややりたいことには、怯えながらも勇気を出して首を突っ込んできた。たくさん痛い目も見たけど、その結果いまがある。だからわたしは何でも当たり前だなんて思っていないし、出会いや出来事にいつも感謝している。

(以下、書籍の販売ページ)

https://www.amazon.co.jp/サラバ-平成狂想曲-2019年-08-月号/dp/B07T5WBNNF

 

昨夜はandymoriを歌った。彼らが世の中に出てからもう10年以上経っていることに驚く。初めて聴いた時の衝撃たるや。わたしの人生に与えた影響の大きさは計り知れない。しかもそれは何度もライブに行ったとか直接的なことではなくて、何度も歌ったし、何度も誰かと彼らの音楽について話した。生活の中にすっかりと浸透していること、生活と共に在ったこと。そういう在り方のできる音楽の尊さを思い返した。でもわたしにとってのandymoriほどでなくても、音楽体験は誰かの人生の一部になっていて、わたしの作った音楽もきっとそうなんだ。わたしの作った音楽を演奏してくれたバンドメンバーや、ライブを観に来てくれた友人やお客さん、CDを買ってくれた方たち。個人の作ったものが、それを媒介に場やコミュニティを生み出したり、誰かの中に何かを残したり、そうやって広がっていくことの素晴らしさをわたしは知っている。だからやっぱり昨今の情勢はとても悲しいけど、またライブハウスやクラブに足を運べる日が来たらいいなと思う。

つみ、かさね

今日は暑かった、もうだいたい夏。少し夏バテ気味?体調があまりよくない。身体に穴を開けた。自分の身体を自分で選んでいく。はやくピクニックがしたいよ、家にずっといるのは案外ストレスのようで驚きだ。小学生の頃、毎日ライトノベルとマンガをベッドで横になって遅くなるまで読み耽っていた。買ってもらったMDプレイヤーで嵐かアニメのキャラクターソングを聴きながら。それが全てでそれだけが至上の幸福だったのにいつから家に篭るのが苦手になったんだろう。

今日は夏の曲を歌った。indigo la Endの夏夜のマジックは彼らの曲の中でもとってもお気に入り。今なら君のことがわかるような気がする瞬間ってあるよね。出だしの詞から好きなんだ、弱いまま大人になった僕でも強くなった気がしてはしゃぐ夜もある。川谷絵音さんの詞の中でも、あの曲のそれはかなり珠玉だと思う。

THE NOVEMBERSアマレットの詞の一節を思い出す。この世の際で罪を選んでる。罪をまったく犯さないことが避けられないのなら、選んでいくしかできないのかもしれない。夏はノスタルジーの匂いがして色々と思い出す。ぼくが今までにやってきた悪いことも思い出す。普通に死にたくなるけど、反省したり胸を壊しながら前に進む。悲しいことも大丈夫になったりして、少しは綺麗な言葉になったりする。夏は眩しいけどやっぱり死に近い季節でもあって、好きと嫌いが錯綜している。春は夏になるし秋は冬になるし、夏だけが終わる季節って聞いた。本当かどうかは知らないけど、魔法があればいいなって思う。優しくなれたらいいとも思う。胸がこわれそう。

夏ごい

無職ではあるが生活リズムを狂わせるのはよろしくないと思い、今朝は6時頃に起きた。在職中より早起きなんかーい。最近は毎日部屋を片付けているのだが進捗は芳しくない。体感的に目算の20倍以上の時間をかけている。流石に情けなくなってくる。どうしてわたしはこんなに掃除のモチベーションが出ないのか、または続かないのか。落ち込んじゃうけど明日も生きる。

目的が無いと漫然と過ごしてしまうので何か決まりごとを作ろうと思い、ギターを手に取って歌うことにした。定期的に続けようと思う。今日はsleepy.abを歌った。地味な曲だが好きな曲を歌った。

今日は暑かった。夏が近づいている気がする。本格的に夏になる前に、昨年の夏に作った曲を公開したい。夏は明るく眩しいが、最も死に近い季節でもあると思う。これはいつも言っていること。平成最後の夏とか言っていた季節からもう2年も経っている。平成生まれ平成育ちなので、平成の夏には気が遠くなるような思い出が沢山ある。令和の夏はどうだろうか。胸の奥がズタズタになるような夏はもう来ない気がする、わからないけど。夜通し散歩しながら愚かさを謳い合ったあの子も今は結婚し、伴侶と暮らしている。わたしにも共通の話題がない。あの日に観たバンドも無期限活動休止。祈りのように、良くなっていくと声に出しているが、過ぎたものを想うとゾッとする瞬間はある。蠢く夏の残骸が、ベタ塗りの青と破滅みたいな夕焼けが、わたしの中にしか無いということが空恐ろしい。これが切ないだっけ、数えすぎて忘れた。

魂ごい

毎日書くと言ったそばから8日も空いてしまった。毎日書きます。なんでいつもこうなんだと思うが、前向きにやるしかない。

仕事を辞めました。1年2ヶ月ぶりの無職です。非常に濃密な1年間でした。「一流のビジネスパーソン」なんて言葉を生で聞く機会がこれから先、何度あるのだろうか。ご存知ですか、ダイバーシティという言葉が流布されて久しい昨今、「ビジネスマン」という言葉は女性への配慮に伴い「ビジネスパーソン」と呼ぶんですよ。大変な仕事でしたが前職に入社した後悔は微塵も無いです。失ったものよりは得るものの方が圧倒的に多い体験でした。失うものの方が大きくなりそうだなと思い始めたので退職しました。

しばらく休んで色々と整えたら転職活動を進めることになると思うのですが、何この事態、何この情勢。転職市場などはどうなんでしょうか。不安はかなりあります、ありますが新しいカーテンとか家具とか服とか全然買っちゃいましたね。大丈夫ですか?わたし。大丈夫だと思います。不安と同時に根拠のない自信があるんです。なんなんでしょうね。でもこういう時はきっと大丈夫なんです。死にそうになってたらみんな助けてください。

話題のFF7R(FINAL FANTASY Ⅶ REMAKE)をプレイしました。クリアしました。わたしは昔から病的に融通が効かないというか、一度始めると一区切りつくまで辞められないというようなところがありまして、寝不足で体調を崩しながら物凄い勢いでクリアしました。つらかったです。「嫌だ〜嫌だ〜」と言いながら、寝る間を惜しんでプレイし続けました。その集中力と執着力をやるべきことに発揮してください本当。お願いしますわたし。あと、しょこたんのゲーム実況プレイ動画も拝見しましたがめちゃくちゃ楽しかったです。オタク特有の目の付け所!服のシワとかに目が行くのは絵を描くオタクの目線ですよね。しょこたんと友達になりたい。FF7のお話がしたいです。

最近の情勢の話ですが、本当につらいです。無収入の無職ですがクラウドファウンディングなど、最低限の支援はさせていただいております。ライブハウスやクラブで素敵な体験や出会いを貰ってきた身としては色々諸々が本当に苦しいのですが、まだライブハウスに行ったことのなかった頃の自分を思い出すと、あまり生活の中でそういった文化と関わりのない方が、実感を持ったり想像力を働かすことが難しいのは仕方ないのかもなとも思います。ただ汚い言葉や誰かが傷つくような物言いをする方は案件に関係なく酷いので、基本的な想像力や優しさ、いたわりは持とうよとは思います。悲しいけど頑張りましょう。月並みな言葉しか出てこないのも虚しいです。

これから先、楽しみなことも沢山あるので、今出来ること、今しか出来ないことは出来る限りやる努力をしながら、良くなっていきましょう。わたしも良くなり続けます。