めにみえない

さいきんたましいがめにみえない。めにみえることといったら金と娯楽と肉体。こういう文を書くのも実のところ恥ずかしい。なぜって。ぼくの脳のまんなかから湧き出る文字たちは目にみえないから。めにみえないってことは無いのとおなじことだから。無いことを話している。滑稽なことではないか?目に見えないのに肉体の芯が爛れていることが実感できる。めにみえないから気にしないのだけれど。日々がながれていく。追いつけない時間と空間。滞りのない滞り。最終的に全部飽きて●●を追ってしまう。はやく死にたいな。はやく死にたいなと緩やかにいたく自然に思う。何かを選ぶことは何かを捨てるということで、何かを捨てることをずっと怖がってきた。気が狂いそうだとすら思わないのは、もう狂ってしまったからだろうか。君の嬉しいニュースにちょっとだけ胸が震えて、震える胸があることを知ったよ。さよなら世界。と、目をつぶっても呼吸の音は消えない。消えないのに忘れていくことだらけで、世界に対して不誠実だとおもった。

ふつうふつうふつう、とうめい

体力と精神力が襤褸滓になっていくのを感じる。残滓で好きな人に会うだけの機械になっていく。魂のHPは常に赤ゲージ。一回のこうげきコマンドで潰せる程度の雑魚敵を蹴散らし続けないとゲームオーバーになってしまうので回復は効率が悪い。モンハンやったりうなされたりしてる。毎日休日と晩御飯のことを考えて暮らしが過ぎていく。生活だけが残る。生活だけが残る。生活だけが。生活だけが。どうしても自分が自分であることが剥がれないことに気付いたから、さいきん特別に興味がない。普通の愛。普通の友情。普通が普通たる理由に興味がある。普通に普通を普通化して、特別な普通になりたい。斬新な悲しみは誰にも届きません。斬新な愛は呪いや憎しみの類と違いなんてほとんどありません。花は普通に美しいし、普通に興味を持ち始めたからその尊さに気付けたよ。唇の形は人それぞれだし、声や素振りも人それぞれ。やっぱり二度と手に入らないあの夜が、摘出できない銃弾のように、ぼくのこめかみにホローポイントしてるのかも知れない。剥がれないあなたの悲しみもマッシュポテトにして、暖かいスープと一緒に食べようね。

冬に鳴く鵜、冬に堕つ星

誰にも触れられない悲しみがあり、どうしても触れることのできない悲しみがある。深い川で分断されているそれを孤独だという。人との距離と諦めと孤独と悲しみに意味をつけてくれた初めてが音楽だったように思う。

 

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冬の痺れるような寒さが脳の健全な働きを阻害し、街の光は有毒な瞬きをぼくに示す。バビル二世に出てきた催眠ライトみたいだなと思う。孤独が馬鹿になって、そういう時に聴く音楽はいつもより脳細胞に深く浸透する冷たい麻薬のように感じることがある。睡眠不足は鬱の友達だが、宇宙に繋がることがある、アレと同じような感じ。意識した途端に身体が余熱を帯び、脳が正常になって筆の滑りが悪くなる。毎日いろんな人と話す。好きな人、どうでもいい人。誰かと誰かを比べて、自分の居場所を確かめる。誰かと誰かを比べて、あなたの輪郭を知る。そうしたところで、ぼくはあなたの悲しみを知ることができない。あなたの喜びをぼくは観測することしかできない。風邪を引いたならうつされてみたい。同じ病気になったなら、あなたと同じ苦しみを知ることが出来るでしょうか。

 

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毎日疲れて眠ってしまうたんびに手から滑り落ちていく感傷と感情と叙情。瞬間は瞬間ごとに永遠に失われてしまう。さみしいし、さみしさをあきらめていくことすらさみしい。

悪い予感が心臓に毒をひと匙差し入れ、爆発しそうになる。君が笑うだけで、生きる意味が汚れたあの冬。永遠だと思っていた感傷は、世間話になった。それはあの頃の自分がいちばん軽蔑していたもののはずだが、本当の意味で終わったのだということだ。いつのまにか始まってばかりで、ちゃんと終わったことにぼくはいくつ気付けているだろうか。持てるものには限りがある。貪欲さで身を滅ぼすことに幾ばくかの羨望の欠片を持っているぼくにとって、それは貴重なことだ。醜さに身を落としたい。

素晴らしいもの、素晴らしい歌、素晴らしい恋。素晴らしい震えに素晴らしい営み。世界は1999年に終わるとされていたが、今日まで生き延びてきた。でももし、実はもう終わっているとしたら。生まれて初めて歌を歌ったのはいつの日だったか覚えていない。無くしたくないものを片手間に思い出しながら、買ったばかりのモンハンに手をかけます。

RAW

保存しておきたい気持ちが炸裂してよりもっとを望む。今日は人肉を食べる映画を観てきた。耽美的なものを想像していたら想像よりよっぽどシンプルだった。何回か吐きそうになったり、気絶しそうになった。人生でいちばん、映画を観てHPを消費した。

HPといえばこないだ何人かで飲んだときに、盛大にゲームの話をした。楽しいね、ゲームの話。ファイナルファンタジー、懐かしいね。おれはゼノギアスがいちばん好きなんだ。あとロックマンDASHロックマンXをこないだ久しぶりにやったらYを押しっぱなしながらBで三角飛びをしてAを押しながらダッシュジャンプするあの手の形を覚えてるな〜って思った。横スクロールのロックマンならではのプレイスタイル。お酒もごはんも美味しかった。飲むのが好きな友達はいいね。

さいきんよく電話する友達が進化し続けてる。よくなっていくといいな。君は素敵だっておれはもう7年も言い続けている。

早めに仕事が終わってさ。いい天気だな〜どっか寄って帰ろうかな〜の気持ちが無いと死ぬと思ったから、早く仕事を辞めたい。みんななんで生きてるんだろ。前、お母さんに、みんなそんなこと考えてないよって言われた。そんなもんか。そんなもんだと思ってたんだけど、東京に来たら沢山いたよ。ちゃんと生きる意味とか考えちゃうタイプの人、沢山いたよ。美しさとか、そういうものを大切にしてる人に会えたよ。嬉しいね。

大事なことを書こうとしたけど、大事なことはブログに書かなくても書いてもいいから、手紙を書こうと思うよ。夏の便箋しかなかったから、季節を切り取るものを買ってこようと思う。

自意識が死んでいくのがわかる。でも変わらず愛とか人間とかそういうものごとについて考えちゃう。奥に残った魂が光り続けることを祈る。

 

クソみたいな気持ちは鍵垢もないし今のインターネットは公共の場なので吐き出さずに胸の真ん中に沈んでいつしか見えなくなる。誰かに勝てないだとか、置いて行かれただとか、嫉妬とか劣等とか。テンポや空気中を通る電気の糸の回線がズレているあの気持ち。好きな人だけを好きなだけでどうして居られないんだろう。もうぼくに言いたいことなんて何一つさえありません。そんなセリフだって知らない死んだお方のパクリ。心臓の下に氷がある。敵も味方もないならおれは相対性感覚の持ち主だから足場がない。人生に泥が混ざっている。

まわる/まわらない

夜が更けすぎて朝になってしまった。おかしいな、まるで端っこまで行くと反対側から帰ってくるファイナルファンタジーの世界地図みたいだ。なんで深まりすぎると1に戻ってしまうんだろう。電灯が点いていると部屋は明るい。朝も夜も関係なく明るい。全ては巡り巡るから、輪廻転生という概念を人が想起したのも自然な事なのかも知れない。電灯は夜を破壊した。ひとつの輪廻を破壊した最終兵器だ。今日は髪を切った、いや今日じゃない昨日だ。昨日はもう終わって今日になってしまった。髪を切られている最中、髪を切っているところをよく見るためだけにコンタクト・レンズを装着していった。色々な話を振ると真剣な目をしながらもコロコロと変えてくれる美容師さんの表情を見ながら、この人の好きなところをひとつずつ数えていた。貸してくれた「勝手にふるえてろ」をさっき読み終えた。今月のアタマに映画も観に行ったんだけど、また観返したくなった。原作を読んで、映画化するにあたって差し入れたアレンジが、見事だなと思ったから。

夜更かしが好きだ。というか、夜更かしが好きなことを思い出していた。忘れたくないこと。許したくなかったこと。恐ろしいのは、それが忘れたくなかったことだという事を、忘れてしまうことだ。かつて感情に従って生きることが人の正しい生き方だと信じていた。だから自分の感情を見つめようとしてきた。でも目に付くのは色んな悲しみばかりで、飽き飽きしてしまった。悲しみに付着する幸福は気にもとめないくせに、幸福に付着する悲しみが洗っても洗っても取れない汚れみたいに、気に食わない。純度100%の幸福。しあわせになりたい。みんな呪文のように唱えている。しあわせになりたあい。しあわせって、なんですか?地元の友達の口癖がハッピー!だったんだけど、なんでか訊いたら、幸せよりお手軽そうだからと返ってきた。ごはんがおいしい。ハッピー!お酒がおいしい。ハッピー!なるほど、わかる。

10代の頃、というかもっと最近まで、主人公って高校生か大学生くらいのことだと思っていた。どんな少年マンガでもたいてい主人公は16才とか17才とか20才とかで、20代も後半になってくるとオトナノ哀愁を漂わせる人気の脇役か、主人公だったとしても元・殺し屋とかそういう一般的なところからかけ離れた役どころが多い気がする。だから少年マンガで育ったぼくがそのように意識に刷り込まれているのも自然なことかも知れないだろう。でも最近、そんな事ないなと思う出来事があった。2018年1月10日のことなんだけど。大学時代の友達と話していて、ふと、大学時代よりもずっと素敵な人になっていると思ったんだ。なんか、オトナになっても全然完成していない。今でもずっと、というより、学生時代なんかより自分のお金で暮らし始めてからの方がよっぽど、何かを知ったり、変わったりしていくんだと実感しました。なんだ、まだまだ主人公じゃん、その時そう思ったんです。

5:55。

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5:55になってしまった。というかこれを書いてる時点で5:59になってしまった。これから寝るけど、ひどい睡眠不足で今日が始まってしまうのだろう。おやすみ。

一年

毎年恒例、一年の振り返り。とりあえず去年は何を想っていたか、ブログを見返してみたら「遠くへ行きたい」って言ってた。今年はぜんぜん思い通りに行かない年だったな〜って感じだったのに、そういえば確かに職場だけはアホほど遠くなったのに気付いてちょっと可笑しくなった。物理かよ。

東京に来て三年目、一年目は感傷の年だったらしい。二年目は焦燥。今年は、たくさんサボったような気がする。怠惰。怠惰の年だな。でも身体的にも精神的にもしんどくて、色々と見直せたのはよかったのかも知れないと思う。というか、見直さなきゃいけない時期だったのかも知れない。知らないけど。知れない。怠惰という言葉で括るのは、ちょっと違う気がしてきた。

今年は愛について特に考えた。愛とは。友愛とは恋愛とは、人を、モノを、水を空気を光を、闇を、過去を未来を愛していると掲げること。その意味。正しさ。

おれは束縛や執着を「それは愛ではない」などと一蹴しない。おれは愛を完璧に知り得てなどいない。なぜ断言することが出来よう。何が正しくて何が間違っているなど、何をもって決め付けることが出来よう。一見してとれる歪みが歪んだまま千年続いたとするなら、それはもう真実の愛と呼んでも差し支えないのではないのだろうか。そうすると、愛とは終わりの時にだけその価値を計れるものなのかも知れないと思った。永遠は死んだ時にしかわからないと昔の映画で言っていた。生きる意味も死ぬ時に決まるという。人はいつか死ぬ。おれは死にたくないが、死に意味を見出す日が来るのだろうか。

生き死にといえば。今年は終わり際に「Fate/Grand Order」通称:FGOというゲームにハマった。というか、ハマりすぎていて困っている。ゲーム、なんとなく封印してきたものの、今年は体調が芳しくなかったこともあり、動かずにも出来る遊びということで、ここに来て反動のようにガッツリとキてしまった。このゲームはザックリ説明すると、過去の偉人や物語の英雄を召喚して戦うRPGだ。出てくるキャラクターが史実や神話、伝承に即しているので、調べれば調べるほど面白いし、どんどん愛着も湧いていく。ストーリーも、神話や伝承のオマージュやパロディがふんだんに盛り込まれていて、勉強にもなるし、その見事さにも感心してしまう。歴史が好きな人なら余計に楽しめるのではないかと思う。さて、生き死にの話だが、このゲームは前述のように過去の偉人や英雄が無数に登場する。もちろん皆、歴史や書物に名が残っているものの、現代では既に亡くなっている訳だ。中には戦争や処刑、病気や虐殺など、理不尽な死に方をした英霊も少なくはなく、自ずと生きる意味・死ぬ意味というようなものが、テーマとしてストーリーに織り交ぜられている。勿論その出来栄え自体に感心し、物語を楽しんでいたものの、ずっと考えてしまった。生きる意味。死ぬ意味。数々のキャラクターが自らの生きる意味・死の意味を見つめながら戦っている様を見ていると、この作品の裏にもまた、命を削って作品を生み出している方々が大勢居て、それを受けて自分は自分を見つめなおしているのだと、そういう繋がりを実感する。誰かの中に何かを残すということ。働き始めて、もう3年が経つ。社会という箱庭の中での自分の身の置き所、つまり職業についてはいつも考えている。職業でなくてもいいのだけれど。自分がいま立っている場所がいったい何処なのか、もうずっとわからないような気がしている。深みのある話になってしまった。FGO面白いからみんなやろうぜ。

おれは良くなっているのだろうか。いつも考える。人は変わっていく。得たり失ったり、老いたり改めたり、人は、流れていく。この年いちばん聴いた音楽は、カネコアヤノだった。「変わってく覚悟はあるはずだ」まず最初にしなやかさを思わせるあの人が、そう歌っていること。かなり衝撃だった。そうか、変わることってやっぱり怖いんだ。受け容れていいんだ。そして受け容れるということは、=負けではないのかと思った。おれは頭が固いから気付かなかった。いつだって勝ちに行っていいということ。負けてもそれで終わりではないということ。とがる。何かを恐れながら、それでも慈しみ、愛おしみ、前へ進んでいくことを「とがってる、かなりね」と表現しているこの曲は、とても素敵な曲だと思う。

さて、これから。どういう年にしていきたいだろう。ここ数年は他人のことを考えすぎた気がする。自分の事。もう少し自分の事が知りたい。自由になりたい。好きな人、欲しいもの、失くしたこと、祈りや呪い。うまく考えがまとまらない。沢山の人と出会った。沢山の人ともっと楽しく過ごすために、ぼくはぼくになりたい。ぼくをもっとぼくに近付けたい。あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします。