オリジナルの人間関係

今日はオリジナル人間関係筆頭と久しぶりに会ってきた。いつも泳ぐように生きていて、優しい光のような人だ。出会ってから今日までずっと憧れている。自分が優しい自分でいられるから彼女との時間は好きだ。好きなところはずっと変わっていないし、変わり続けるところは変わり続けていて、応援したいという気持ちにさせてくれると同時に勇気もくれる。そんなこと言うつもりなかったんだけど、僕にとってはアイドルみたいな人だと、つい口に出ていた。俺は人を褒めるのが上手いと思った。

「友達でも恋人でも知り合いでも他人でも呼び名なんて何でもいいから、ずっとお互いがベストな関係でいよう」と伝えてから、今日までそうしてくれている。今も会って話せることは、おれの誇りだ。そういう人間関係を築けるのだということを知った。誰にもわかってもらえなかったおれが、間違っていなかったと思わせてくれる。人生を変えてくれた、いつも感謝している。そう思っているから、今日それを伝えられてよかった。

帰ってからは大学の友人とLINEをした。大好きな同期の良さについて。あと平凡と自我について。自分で言うのもなんだけど、俺は自我についての相談が上手すぎる。たくさんお買い物をするよう忠言をした。お買い物はセンスを磨くことに直結しているし、失敗してもそれが自分の物ではなかったという気付きを得るから。

夜、大好きな人から電話がきた!なんとなく今日来る気が朝からしていたから、驚きと納得がどっちもあった。おれは電話が得意っぽくて、こんなに電話したの初めてだと人に言われたことが何回かある。そういうことなので、これからもまた電話してきてくれたら嬉しいな。

ずっとオリジナルの人間関係を積み重ねていきたい。誰かに説明する必要も、理解される必要もない。当人達にだけわかるものをわかりあって、優しく生きていけたらいい。

対比のアンチ

油断するとすぐ神様気分になってしまう自意識!さいきん自分に出来ることと同じくらい、というかそれ以上に、自分に出来ないことを自覚することが大切だと思っている。おれに掬えないものもある。でもそれは諦めの言葉ではない。その先があるのだから、人生には。

祈りなんてしゃらくさいと思っていたけれど、祈りはそれ単体ではなくて、全てを尽くしたその最後に、祈るしかないという時に生まれるものが真なのだと気付いた。そういう祈りにはきっと意味がある。魂が宿っているから。

感傷なんてダサいと思ってたけど、大事にしたい思い出が沢山あるのだと考えたら全然アリな気がしてきた。振り返りたくなるし、振り返ると胸は痛くなるものだよ。でもそれも、奇跡的な思い出をこれから先も作っていく前提だ!結局ぜんぶバランス。バランスが大事。おれは最近、対比のアンチ。精神と肉体だとか、理性と感性だとか。それって別に分たれないし、どっちも必要でどっちも並行して存在する。対比という概念が全て間違っている。心だっていくつもあるものだ!だから大切なのは、選ぶこと、見失わないこと。おれは理性も感性もぜんぶ使って、正しいと思うものを愛していくんだ。そういう生き方しかきっとずっと出来なかったし、間違ってなかったと思う瞬間もあったよ。おれはもう壊れなくていいのかもしれない。生きていくということの意味は、自分で見つけるのだから。

おれの人生は間違っていなかったの爆弾

おれは運命を信じている。というか、あるということを教えてもらった経験がある。これは言葉にはしづらいけれど、そうでないとおかしいという体験がいくつもあって、あれは今でもおれの人生の指標になっている。

おれの生き方はいつだって振り返ってわかることが多くて、あれは間違っていなかった、あれが無かったら大変なことになっていた、あの事があったから今おれはここに立っていられている、そういうことが無数にある。それはみんなそうか。

「絶対に幸せにしてやる」と言われたことがある。その人との縁は千切ってしまったけれど、信じられないくらいの幸運に見舞われた時、その人のことを思い出す。あの人の祈りは、おれがどんなことになっても適用されるだろうから。

人と馬鹿正直に関わってきた。誠実も不誠実も沢山やってきたけれど、残っているものは誠実に関わってきたものばかり。俺は過去に俺に何かをくれた誰かからの貰い物を拾って、奇跡を身に纏って生きている。償うべきことを償いながら。

おれの人生は間違っていなかったの爆弾は、後から爆発する。祝祭の花火はその時にあがる。好きなマンガのセリフだ、「人生がはじまったら、はじまった時にわかる」。

直感と魂に従って生きてきた俺の人生は間違っていなかった。始まったからには、続けよう人生を。生きていてよかった夜、かあ。おれの人生は、間違っていなかった。

鉄になるしかない。鉄になるしかない。鉄になるしかない。鉄になるしかないのだ。少年マンガに憧れた少年時代、戦い続けることに憧れた少年時代!しっかり色んな試練がやってきて俺を苦しめる!でもほんと覚悟だけ決まり切っている。人間じゃなり切れないところまで優しくなるつもりである。というかつもりとかどうでもいい。ただゆくだけ、何が待っていようと。

イマジナリーハム太郎

おれは何を得て、何を失うのだろう。ふとした時に足元を見ると、靴がボロボロで、道もぬかるんでいる。足を引きずり続けて道のない道をゆく。苦難ばかり予期されるが、幸運はいつだって予期せぬものばかりだ。等価のはずが、いつだって思考は想像のつく方向へ転がっていくばかり。確かにあった奇跡は過去ばかり、まだ見ぬ未来、居ない、痛い、嫌い、今、光。奇跡の端っこにかじりついて今日を生きている。イマジナリーハム太郎がおれには必要かも。明日はもっと良い日になるよね?ハム太郎

廃墟の中に立っている

眠たい。眠たいけど何かを書きたい。何かおれは最近、ギアが上がった感じがある。死ぬんか??終わりを恐れている感じがあり、少し怖い。何が終わるとかはわからないけれど、こういう感覚の時は、何かを恐れている、かもしれない。

最近は愛と優しさについてばかり考えている。色々な人と話してわかったことは、おれのそれは、一般的な人の言うそれと違うということだけだった。結局のところ、全ては個人的なものだ。おれにしかわからないものは、おれにしかわからなくてよかったのだった。むしろ、そういうものにこそ価値がある。何度繰り返すんだろうおれは。わかりきっていたはずだったのにな。孤独の価値だって。

星野源さんの新曲がいい。「消えてゆくのに なぜ ただ 忘れたくない思い出を増やすのだろう」本当にそう。どうしてかな。僕らって最後死ぬんだ。悲しみはいつだってここにある。ぜんぶ無駄だから、それで投げ出すではなく、大切なものを探している。おれはずっと大切なものを探している。壊れながら。でも本当にそんなことはどうでもいいんだ。最後は死ぬんだから、身体が動くのであれば、心はいくらでも傷付いていい。いつも傷付く方を選んで生きてきた。そこにこだわりはないが、きっとそういう道が待っている。肉親にだってわからないおれだけの人生だ。そこにある光。みんな他人。愛してる。

水音

いつも心が3つくらいある。このまま多重人格者になってしまったらどうしよう。最近、人と会いまくっている。自分の持ち物を確かめるように。(もちろん他人は俺の持ち物ではない!縁とか、そういうところ)

みんな面白いし、人生のステージが変わったり、変わらなくても精神のステージが変わったり、何も変わらない素敵さがあったり。SNSなんかクソ!!ツイッターなんかに書けないことにこそ真実がある。

俺は俺の輪郭を、他人と関わることで確かめている。俺という存在は生まれた時から俺だが、他人から貰ったものでも構成されている。大嫌いな自分が薄まっていく。おれの良さを好きな人、ずっと好きでいてくれ頼む。もう会えないと思ってもまた会えた人ありがとう。誠実と不誠実を積み重ねて生きてきて残ってるのは誠実に関わってきたものだけ。純粋も不純もないけれど、波のように寄せては返す出会いと別れ。愛は出会い別れ、透けた布切れ恐山ル・ヴォワール。愛おしさの大きさにかまけて愛はやれない。40代で初めてラブソングを書いたバンドマンの叫びが、今も耳にこだましている。

永遠に続くものなんてないのだろうか。ずっと考えてきたけれど、100年で死ぬとしたら500年続くものは永遠だよな。そうするとおれは永遠をたくさん持っている。自分の持ち物を確かめる。輪郭を、確かめる。おれはまだ生きている。おれはまだ何も諦めていない。何も失っていない。何も忘れたくない。奇跡が待っているはず、きっと。