小雨が燦々と降る夜はエモい

わかってもらえなくてもいい 日々の記録

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誰かにわかってもらおうとする言葉だけだと疲れるので

 

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わかってもらいたい方のブログ

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死ぬをしたくない、生きるをしたい

アメーバ性大腸炎っていう病気にかかってからしばらく経った。ケツからイチゴジャムみたいな血の塊がドバドバ出てくる、ホモセックスでかかる性感染症の一種らしくて医者が怪訝な顔をしてた。ウケる。ホモセックスはしてません。したのかな。記憶ないんだけど。血が止まらないのでこないだ初めて生理用ナプキンを買いました。ソフィがオススメらしいっす。

お腹の痛みは治まったけれど、身体のだるさや疲労は続いている。血を流しすぎて貧血みたいな感じもある。身体がしんどいと心までしんどくなってくるのには本当にまいる、せめてどっちかにしてくれ。バランス取ってほしい。他人の良いところや素敵なところが、だんだん恨めしくなってきて、思い入れのある人にこそ当たったりしてしまい、また自己嫌悪に陥る。悪循環が止まらない。初めて駅のホームに飛び降りようかという思考が頭をよぎった。3歩、足を前に出せば楽になれる。ぼくは人より生に執着しているので、絶対にそんなことを選ばないのだけれど、感触だけで言うならば、その時それは非常に魅力的に感じた。大学の後輩が電話に出てくれて助かった。電話したいが勝った。生きるために他人を使うのが情けないと思った。みんな生きてるのに。他人の生活を、赤の他人のつらさという障害物なんかで邪魔したくないと思った。本当につらい時に甘えたい人なんて、余計に好きな人だから、余計に苦しい。

 

ねえ、明日死んでしまおうかしら?もどかしいこと全ての当てつけに

君の心揺れますか?僕のことで後悔してくれますか?

これはスガシカオのThank Youという曲の歌詞だ。ぼくが死を選ぶ時なんて、誰かへの当てつけに決まっている。だから、あまり選びたくない。ぼくは生きることに執着している。生きるというのは、ぼくがぼくであるということだ。他人によって自分の人生が支配されてしまうのは、ぼくの人生がぼくのもので無くなるということだ。誰かのための自死を、ぼくが自ら心の底から望むのなら、その時はわからないけれど。

14才の時に、他人のために生きたいと思った。いま思うととても小さな出来事だったけれど、自分には生きる価値が無い、だからせめて他人のために尽くそうと、そういう風に思った。でも出来なかった。他人のために生きるなんて簡単ではない。というか、不可能だ。人間は機械ではない。意思に反して嫌なことを続けていると限界が来る。同じことを続けていると自我が芽生えてくる。誰かに深く関わろうとして、中途半端なところで引き返すのは、いつも余計に他人を傷付ける結果となった。結果的に自分に意識的に優しい人が、他人にも優しいのだと気付いた。気付いたけれど、その呪縛は未だにある。

 

茨木のり子の詩に

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

という有名な一節がある。

いかにも名言風な、かっこいい言葉だと思ったけれど、最近よくその意味を考える。

ぼくがぼくであるということ。自責と自省の違い。生きるということ。ああ生きたい。ぼくはぼくで在りたい。死にたくない。死んでもいいと思えるくらい生きたい。言葉で伝えられるものに意味が無いと思うのなら、言葉以外で伝えたい。自分の未熟さが悔しい。悔しくて苦しくて死んでしまいたい。生きたい。生きたい。生きたい。

生きるのがつらい話

昔から「死ぬくらいなら辞めたらいい」論者で、どうしようもなくなったら誰かれ構わず何でも相談してたし、「本当に死にたかったら辞めてるだろう」という強引な論理でなんだかんだ挫折などせず、水泳も10年続けたし、あんなに辛かった高校の部活動とか、楽器も弾けないしコミュ力も無くてバンドが組めなかった大学の軽音楽サークルも、結局辞めずに、何事も最後まで続けてきた。逆に言うともう辞め方とかわかんないんだよな。誰彼構わず何事も相談出来たのは人との距離感が掴めなかったからだ。初めてオナニーしてしまった時の相談とかしてしまってごめんよ、ハンナちゃん。幼少期から色々なことを深く考え込みがちだったので、持ち前の生きる才能の無さも何のその、沢山失敗をしてきた分、沢山考えて、沢山学んで、何とかそれなりの人間のようにここまで生きてきた。今はそれなりの分別もあり、それなりの賢さを持ち、それなりに愚かさを誤魔化せる程度の器を得ることが出来たと思う。だからもうあんまり立派だったり美しい人の邪魔をしてはいけないから本当に話を聞いてほしい人には甘えたり何かを相談してはいけないことだってちゃんとわかってるし、いかに立派な成人男性が「死にたい」だの「つらい」だのといった弱音を公衆の面前で吐くことがいかに需要がなく、みっともないことかだって知っている。だからもう何も言えない。誰にも何も言えないし、さっさと死にたい。実は簡単に死ねることも知っている。死に方なんてググるまでもない。そこから飛び降りれば死ぬ。死なない。本当は構ってほしいだけだから死なない。自分の立場が自分の努力の至らなさや行動力の無さから来るものだと知っているし、未来に希望なんて無いと言うほど、希望が無いなんてことも無いことを知っている。希望はある。夢は叶う。才能もある。ただおれが駄目なだけ。こんな日記をうっかり書いちゃう程度には、駄目なだけ。駄目って字面きついな。駄の目。ハズレ。失敗作。つら。

神様にならなくちゃいけない

だいたい2週間くらいかけて1ヶ月分の記憶を思い起こして日記を書いたら疲れてしまった。これから毎日書くことを目指してみようかな。今日の午前中は仕事をサボってお姉さんとお茶漬けを食べた。労働、ダルすぎる。六月四日の日曜日、東京に移り住んでから恐らく一等賞くらいに、気をおかしくしてしまった。昼過ぎに起きて、なんてことのないことが悲しくて涙がこぼれ、ひたすらアルコールを身体に入れながら「死にたい!死にたい!」と叫び、頭からワインとビールを被りながら地元の母に電話した。酒を被ったのは、なんとなく冷たくて気持ちがいい気がしたからだ。実際気持ちよかった。本当にもうこれ以上生きていける気がしなくて、でも死ぬ気もなかったから、何かを捨てる人生を遠くに見据えた。気が動転しているくせに、赤のワインを被ったら後々掃除が大変そうだな、とかどこか冷静な自分も居て、白のワインを被った。そのことについて、おれは堕落し切る才能もないのだと余計に落ち込んだ。頭すらおかしくなれないし、死を選ぶことも出来ない。生きてるだけで偉いけど、死を選ぶのだっておれからしたら偉いよ、おれには出来ないから。おれにとって大事なのはいつも結果じゃない、時代遅れだ。明確な信念と意志を持って選んだ死と、怠惰で無味な生なら前者の方がかっこいいと思ってしまう。苦難やその逃避からの死はちゃんとしんどいと思うから誤解はしないで欲しい。苦しくてどうしようもない人には出来れば頑張って欲しいし、生きてることをめちゃめちゃ褒める。生きてるの、めっちゃ偉い。気付いたら朝になっていて、この後スーツに着替えて仕事に向かうのが馬鹿馬鹿しすぎて、休んだ。ゆっくりするつもりだったけど、青野くんから連絡が来たから埼玉の端っこまで遊びに行った。遠すぎる。アホか。着いたら駅前で瓶ワイン一本持って待ってた。アホか。結局しこたま酒を飲んでしまった。許さねえ、楽しかったけど。あー、人生だるい。何がいちばんだるいって、結局自分は自分で救わなくちゃいけないところだ。外に神様がいる人は羨ましいっす、おれは神様にならなくちゃいけない。

忘行、五月のこと

筆が重くてずっと書く気になれなかったんだけれど、残しておきたい思い出がたくさんあった月日だったので、あっという間に過ぎてしまったゴールデンウィークから五月が終わるまでのことを思い返す。最初に書いとくけどとても長くなると思う。

まずゴールデンウィークだが、昨年はテンションが上がりすぎてシャンパンを買ったけど買っただけで満足してしまいしばらく飲まずにいたことを覚えている。

 

5月2日。ポップなお姉さんとオムライスを食べたあと、今更ながら「この世界の片隅に」を鑑賞。非常に良かった。原作、読んだことあるのにな。母が買ってきて、良い、というので読んだ。でも当時は何の印象もなかったから、映画にもそこまでの期待はなかった。(後で、実はこの時読んだのは「この世界の片隅に」ではなく同作者の「夕凪の街 桜の国」であることに気付いた。どおりで記憶がない訳だ。)友達の犬くんがこの映画について「一生思い出す気がする」と言っていたが、まさにそういう感じだった。一生思い出す。一生忘れないと思った。なんてことのないシーンでも何故かずっと泣きそうで、後半なんか何度泣いたかわからない。陳腐な感想になってしまった。とにかく非常に良かった。良いものがちゃんと世間で良いものとして扱われているのは素敵なことだ。とても嬉しいことだ。

 

5月3日。会社の先輩がやっているというバンドのライブを観に行った。メンバーの中で先輩の演奏がいちばん良かった。先輩だけサラリーマンで、他は違うらしい。芸術家とは浮世離れをしているイメージがあるかもしれないが、こと音楽については、というかバンドをやるなら会社員を一度やってみた方がいい場合がある、というのはぼくの個人的な意見だ。というのも、他の芸術はどうかわからぬが、良いライブをするには質がどうあれ「コミュ力」が非常に重要だと思うからだ。それは何も饒舌に話せるとかそういうことじゃなくて、バンド内で鳴り響く音の中で自分がどんな音を鳴らすべきか、そして実際に鳴っている音の立ち位置、周りの音に合わせるということ、またお客さんに対する姿勢、届けようという意識、届いているという意識。音楽は基本的にコミュニケーションなので、情熱と同じくらい冷静さが大切だとぼくは思う。もちろん芸術表現は安易ではないので、十把一からげには出来ないが。でもぼくが観てきた優れたバンドマンはいつも、タイプは様々、それぞれ各々にとっての「コミュ力」を備えていたように思う。ステージを下りると上手く話せないギタリストも、ステージ上では非常にリラックスしていた。情熱で歌う男も右手は丁寧にギターを弾いていた。自分が音を鳴らしているという身体感覚、それを誰かが聴いているという無意識的意識。天性のものがないのなら、鍛えるのに早い選択肢の1つではあると思う。まあいいや、この話は。不毛論になる。きっとそれで失うものもあるし。

その後、急いでJAMフェスへと向かった。高野京介と1997年が観たかった。3年ほど前に札幌でCDを買った。実は、歌が下手だな〜と思って、買ってからしばらく聴いていなかった。いつからだろう、聴くようになったのは。2年くらい前の夏の企画ライブで、弾き語りを観たんだけど、それが凄く良かった。それから、しばらく聴いていたような気がする。それと大森靖子&THEピンクトカレフのコピーバンドをすることになってから、精神をトレースするために最近ずっと聴き直していたんだ。ライブは小さなスタジオにギュウギュウ詰めで、お客さんは30人くらいだったろうか。30人。世間的にはクソも売れてないんだろうな。クソも売れてないバンドマンなんだろうな。熱かったのにな。熱かったのに。売れるってなんだろう。音楽といきる、エンタメとビジネス。よくわかんないから、おれはやっぱり胸の奥の震えしか信じたくないと思ったよ。その後は、工藤ちゃんにドリンクチケットをあげて帰った。工藤ちゃんはJAMの外で、知り合いばっかりに会う〜ってはしゃいでた。でもそれはきみが何百回もライブをしたから出会った人達で、作った居場所じゃん、かっけ〜って思ったよ。工藤ちゃんは会うたびに「未来がない〜」って言うけどぼくは大好きだから、未来いい感じになってくれ〜っていつも思ってる。地元のバンド仲間のことをちょっと思い出した。ライブのたびに対バンだった加藤。ずっと応援し続けてくれためっち。音楽と表現を教えてくれた菊地さん。バンドを良いって言ってくれた吉田さんは今でもバンドをやっていて、北海道から来てJAMフェスに出てた。悠平は今も良い曲を書いているのだろうか。西田はどんどんビッグになって、武道館でライブするアーティストのCDを作ってる。みんな、今もきっと音楽に触れ続けている。

 

5月6日。上野に笹フォークジャンボリーを観に行った。少し遅れて会場に着くと、水上を滑り抜ける風に乗った円庭鈴子さんの声が、心地よく響いていた。とおくとちかくで鳥の声がする。屋根から零れる陽射しが優しく、通り抜ける風は涼しく、水上の空気は澄んでいた。どんな音楽も純なフィルターを通して鋭く柔く広がっていった。呂布カルマさんの強靭な芯と煮え立つ熱が純化されて軽やかに、でも重く身体を貫いて気持ちがよかった。小山田壮平は澄んだ空気を大きく吸い、歌がそのまま空気となって拡がっていくような感じがした。音楽を知れたような気がした。最高という言葉で充分な、むしろ最高という言葉の枠を広げるようなライブだった。途中、隣の女の子が席を立つ際、荷物を見ているようにお願いされた。それがきっかけでちょっと仲良くなった。バンドをやっていて、ちゃんと全国流通もしてるらしい。宇宙団ってバンド、youtubeで聴いてみたけど音楽愛が詰まった夢のある良いバンドだった。お茶目で面白い子だった。音楽に愛されてるような感じがした。今度ライブを観てみたいと思った。

SACOYANさんは歌力があった。出演者の中で唯一知らない方で、あまり大きなステージに立ったことがないと言って緊張なさっていたけれど、お茶目さと人間力で客席の空気を掴んでいた。

最近結婚を発表した笹口騒音さんのプロポーズという曲、僕ときみは殺しあうこと以外のすべてをしてしまったから友達になろうよ、僕ときみは愛し合うこと以外のすべてをしてしまったから恋人になろうよ、僕ときみは法に触れること以外のすべてをしてしまったから家族になろうよ、僕ときみは二人にしか守れない約束をしてしまったから結婚しようよ、と続く。ふつう、プロポーズというと明るくハッピーな曲調を想像すると思うが、どちらかというと暗く、淡々と、波がうねるようにこの曲は続く。そこに結婚をする、誰かと人生を共に生きていくということの深淵と覚悟を見て、本物を想った。出演者も全員素晴らしく、シチュエーションも素晴らしい、本当に素晴らしいイベントだった。

夜からは工藤ちゃん生誕祭に出演すべく、大森靖子&THEピンクトカレフのコピーバンドの練習に赴いた。このためだけにというと過言だけれど、でもほとんどこのためにジャズマスターとデジタルディレイ、コーラスとフェイザーを買った。大学時代、様々なバンドのコピーをしてきたけれど、今回はかなりの熱を持って臨んだ。ボーカルではなくギターでコピバンに臨む機会もそう多くはなかったし。メンバーのみんなも良い人で良かった。すごく褒められた。嬉しかった…。コード進行の間違いについて指摘したらベースのはらだおにいちゃんに「怖っ」って言われた。とにかく楽しかった。工藤ちゃんにはずっとお世話になっているし、良いライブが出来ればいいなと思った。

 

五月七日。母の日のプレゼントを買った。世界の何とかで金賞だか何だかを獲ったという梅酒。売り子のおば様のトークが饒舌で良かったので、称賛の意味も込めていちばん高いのを買った。お金は無かったけれど、年に一度だし、プレゼントだし、こういう時にこそお金は使うべきだと思った。使うべき時以外にも使っちゃうからお金が無いんだけど。

 

五月十日。大森靖子さんのファンのみんなで飲んだ。人生で初めて肉寿司なるものを食べた。美味しかった。店内の大きいテレビで郷ひろみさんの特集がやっていた。郷ひろみがめちゃめちゃにかっこよかったので、みんなテンションが上がって大声で叫んでしまい店員さんに注意を受けた。居酒屋のテレビでこんなに盛り上がることなんかあるのかよ。楽しかったなあ。「生まれ変わっても郷ひろみになりたいですか?」という質問に「ファンの人が居てくれるなら」と、郷ひろみは答えていた。ぼくは生まれ変わったら何になりたいだろう。昔よくやっていたゲームで、ゲームオーバーになると主人公が「生まれ変わっても自分になりてぇ…」とぼやいていた。自分が自分以外になるということがあまり想像できない、というか生まれ変わるってよりずっと死にたくないな。別の人間になったとしても魂だけはそのままで居たい、これは生まれ変わっても自分で居たいということなんだろうか。

 

五月十一日。再びピントカのコピバンの練習。本当に楽しかった…。

 

五月十三日。工藤ちゃん生誕祭。この日は工藤ちゃんがずっとはしゃいでて楽しそうで嬉しかった。楽屋にピンクトカレフのギター・高野さんが居て緊張した。大学時代に色んなコピバンをしたけど、本家の前でやるのは流石に初めてだった。流石に浮かれてしまって、一緒に写真を撮ってもらった。ピントカのコピバンのライブは概ね好評価だった。最後の曲の手前でギターの弦を切ってしまって困っていたら、高野さんが本物ギターを貸してくれた。慣れないギターでの演奏に苦心して焦っていたら一瞬、意識が裏返って何かが乗り移ったような感覚になって、気付いたらギターを掲げながら弾いていた。ギターに篭った魂のおかげかも知れない。楽器に愛された経験はこれまで無かったから、貴重な体験だった。何にせよ良い思い出になった。出番は最初だったので、久しぶりに酒をたらふく飲んで、ライブ鑑賞をへべれけで楽しんだ。アルコールと音楽は相性が良い、最悪とも言えるけれど。ゲスバンドのライブ、3年ぶりくらいに観た、当たり前だけど3年前より数段良かった。ライブがすべて終わった後、ピンクトカレフのもう片方のギター・小森さんが来ていて、挨拶をした。一緒にコピバンを組んだはらだおにいちゃんの唇は柔らかかった。本当に素晴らしいイベントだった。工藤ちゃんが活動の中で今まで作り上げてきた人間関係がキラキラ光っていた。沢山の人が来ていた。沢山の人が思い思いに楽しんでいた。人と人の輪が音楽を通して、また新しい人の輪を作る。最高だからこのイベントが終わってしばらく会う人会う人に「萌〜〜〜好きだ〜〜〜」って言っていた。萌〜〜〜好きだ〜〜〜。いつもありがとう。

 

五月十六日。ピントカのコピバンのメンバーと打ち上げ。 6日ぶりにまた肉寿司を食べた。美味しかった。酒、どうして一緒に飲む人によってこんなに味が変わるのだろう。この日は二児の父であるthat's all folksのりょうさんの結婚生活の話で盛り上がった。店員のちひろさんはこの日も可愛かった。はらだおにいちゃんの唇はこの日も柔らかかった。

 

五月二十日。朝から温泉の宴会場で開催される音楽イベント「湯会」に行った。浮かれすぎて午前中の時点でもうだいぶ疲れていた。温泉、音楽、酒!着いてすぐ物販コーナーに中嶋春陽ちゃんが座っていた。姿勢が非常に良く、佇まいが美しいと思った。その後の出番、ステージで歌っていた曲選が渋かった。転換中のDJ達の曲選が最高だった、アガるしかない。川本真琴ちゃんの愛の才能がかかった時がこの日、一番テンションが上がったかも知れない。

there there theresは初めて観たけれど、音がめちゃめちゃゴリゴリで笑った。座布団が宙を舞っててもっと笑った。テンション高え〜。アイドルは速い。アイドルは面白い。愛とか夢とか、人間の夢と希望と業を食べて細胞分裂をしているようだ。ミックスとかケチャとか口上とか、一つの方向に向かって独自の文化が直進している感じ。バンドでもアイドルでも何でもいいんだけど、人間のエネルギーが文化的な物に波及していくのは美しいし、観ているのが大好きだ。人間のことは一生嫌いになれなさそうだ、というか好きも嫌いもぼくの興味の対象は、全部人間だ。その後観たMaison book girlは前にインストアライブを一度観ただけだったんだけど、ワンマンを大成功させた後だったからか、この日は以前よりも貫禄というオーラというか、みたいなものを感じた。元々は和田輪ちゃんが気になっていたんだけど、友達の女の子がめちゃめちゃ矢川葵ちゃんを推してくるから、注目して観てみたら、確かに非常に美しかった…。なんというか、儚さに近い美しさを感じた、あとおなか…(おなかが出ている衣装を着ているのは葵ちゃんだけ)。アイドルは、その人の人格・キャラクターを活かそうという意識がよいと思う。バンドだってもっと意識すべきだと思う。音楽を身と心から絞り出すことによってむしろ人間を曝け出しているのは、バンドの方なんだから。余談だけどこのあと物販で葵ちゃんとチェキを撮った、チェキを撮りに行くの久しぶりだから、けっこう恥ずかしかった。
ブクガのライブは途中で抜け出して、中嶋春陽ちゃんのウクレレ弾き語りを観に行った。春陽ちゃんは浴衣が非常に似合っていたし、弾き語り自体も良かった。さっきステージで歌っていた時の曲選が渋かったと書いたけれど、音楽が好きなんだと思う。気持ちの込もった良い歌が、弾き語りでシンプルに届いて良かった。
そのあとは大森靖子さんのライブを観た。大森靖子さんはその身をもって、いつも全力で向かって来てくれる。だからこそぼくは、彼女のことを神様扱いすることがどうしても嫌で、彼女も、もちろんぼくたちも、同じ人間であるという意識を忘れないように努めている。意識しているということは、逆にそうなりがちだということでもある。自然と正座でステージに向かってしまった。神様扱いしているようで、自分が嫌になった。大森靖子の音楽にはいつだって何の色目も無く向いていたいのに、色んな想いで色を塗ってしまう。彼女のライブの時だけは、彼女のことを知らなかった頃に戻って聴きたい。

温泉に入ると、酔っていたからか頭が非常に痛くなった。大森靖子さんを観に来ていた工藤ちゃんも帰るというので、一緒に帰った。泥酔して風呂に浸かるのはよくない。

頭が痛すぎて、帰ってから部屋で少し寝ていたら、家を出る予定だった時間を過ぎていた。急ぐ。この日はキクイマホ生誕祭にも行く予定だった。

思ったより早く会場に着くと、高野京介と1997年が演奏していた。JAMフェスで観た時より良かった。まああの時は会場も会場だったし。高円寺は聴けなかったけど、ロックマンは聴けて良かった。

頭が痛かったので帰ろうと思ったのだけれど、笹口さんが観たかったので残った。それが結果的に良かった。知らなかったので一番期待していなかったEmily likes tennisというバンドがハチャメチャに良かった。少しコミックバンド的なところがあって、めちゃめちゃ面白かったんだけれど、それ以上に曲自体が凄まじくかっこよかった。司会のハリエンタルさんに「1曲に出てくるリフだけで俺らなら10曲作れる」「リフの費用対効果が悪い」って言われてて笑った。そのあと、「本当に良いバンドだ」って言ってたのが、本当っぽくて良かった。

笹口騒音?は色んなメンバーが代わる代わる現れて演奏をしていた。畠山健嗣のギター…。KJのギターはJUDY AND MARYのTAKUYAを彷彿とする天才感があると思う。あとパレードパレードってバンドのギター中毒者・コキくんに顔が似てる。ああいう顔の人はギターが上手いんだろうか。うみのてが観られて良かったです。高野さんのギターが上手くなっていた。高野さんのギターはSuiseiNoboAzに入ってから、冷静になったというか、タイトさが加わった感じがする。

トリのオワリカラは流石にオワリカラという感じで、圧巻だった。ロールシャッハかっこよすぎないか?シャッ!ハッ!ハッ!あとドアたち、ライブで初めて聴けたけど良かった。ライブ通してずっと肉厚のステーキ食わされ続けてる感じで、もう圧巻以外に言えることなかった。めちゃめちゃ美味しかったです。めちゃめちゃ良かった。

 

五月二十三日。工藤ちゃんのバンドで六月のライブのギターを頼まれたので、スタジオに入った。ベースはピントカのコピバンでも一緒に組んだはらだおにいちゃん。ドラムは同郷のあやすみちゃん。あやすみちゃんはカラスは真っ白のタイヘイさんの弟子らしい。コピーバンドではないバンドでリードギターを弾くのは初めてだったので、非常に苦戦した。こんなことでもなきゃ必死で練習なんかしないので、ありがたいことだ。工藤ちゃんは「テキトーでいいよ」っていつも言うけど、テキトーで形になる程こっちは上手くねえ。ギターの音を褒められたのは嬉しかった。コード進行、必死に耳コピしたのにちゃんと送ってくれてたらしい。はらだおにいちゃんも気付いてなかった。後で確認したら「せとり」ってタイトルのファイルが封入されてた。セットリストだけだと思って確認しなかったんだと思う。終電くらいの時間帯にスタジオに入るの、学生の頃を思い出して少し懐かしくなった。次の日の仕事は遅刻した。

 

五月二十五日。七輪焼肉 安安 のハイボールが39円だったので三人で行った。安いだけあってとっても美味しいとは言えなかったけど、それでも肉は焼くだけでそこそこ美味しくなる。タレをつけて米と食べたら最高。1人だいたい1600円でお腹いっぱい食べられた。男関係があまり良くない女の子の、とんだエピソードをいくつか聞いた。何にも作んなくたって面白い人は沢山いる。

 

五月二十七日。THE NOVEMBERSのツアーファイナルを観に行った。この日は下北沢でサウンドクルージングもあって、NUITOも観てみたくてギリギリまで迷っていたのだけれど、結局当初の予定通り、ノベンバの方を観に行った。THE NOVEMBERSは音楽に対して真摯だ。Aメロ・Bメロ、サビのメロディが良い。とかそういう次元に居ない。そもそも良いとか悪いとかでない。 音を鳴らすということについて、誰の手も及ばない強度で、ただ鳴らしている。気に入る人も居れば気に入らない人も居るだろう。そういうものは全部俗世のことで、音楽が音楽であることとは何にも関係がない。THE NOVEMBERSはそういう風に音楽と対峙している。この日のセットリストは正直聴きづらかったと思う。聴きやすいとか聴きづらいとかではなかった。現在・過去、そして未来。ただ音楽を鳴らしている、そういうライブだったからそれで良かった。ノベンバはたぶん、暗い音楽だと言われる側だと思うけれど、ぼくはそんなことないと思う。いつだって前を向いている。希望ばかりにその資格がある訳ではない。希望も絶望も、優しさも狂気も、前を向くことと矛盾はしない。「また美しい日に、良い顔で会いましょう」小林裕介はそう言っていたと思う。轟音に包まれながら、何となくむかし家のそばでよく見かけたあの白い野良猫と、運命だと思った出会いを思い出した。全ての意味が削ぎ落とされて、でもここまで生きてきたこと全てに意味があったと思えるような気がした。ほんとはなんにも無いんだけど。だってただの音だから。

ライブを観に来ていた天才の友達と、つけ麺を食べてから帰った。この子がどうかずっと思うがままに音楽を愛し続けられますようにと思った。

 

五月はここまで。六月も、もう6日も経ってしまった。この間にも、記しておきたいことや気持ちがいくつもあった。生きてる限り全部流れていくから、ずっと寂しい。1ヶ月をまとめて思い返すと、思っていたより色々あったなあと思った。過去に執着するのはダサいみたいな風潮のある時代になってきているけれど、ぼくはずっと意味があると思う。いや、意味があるかないかというより、ただ個人的に残していたい。そのことこそが、そのことだけが重要だ。真実は点だ。そしてぼくは人間だ。

五月の不感症

ブログに書くことがない言葉が浮かんでこない、全てがくだらないしどうでもいい、死が迫っている、別にこれはめちゃめちゃ鬱とかそういうのではなく人は生まれてから一秒一秒刻々と死に向かっているという自明のことが何故か最近より明確に意識されているという話がしたい。どんどん死んでいく、1ミリずつだか0.1ミリずつだか知らんがどんどん死んでいっている。過去に意味はない、感傷に意味がないということを理解している。もう光しかないが光が見えない、無風のなか時だけが過ぎていく。生活と人間を消費している。誤解されたくないから何度も言うけど、強くて黒い言葉を多用しているがいま特別鬱々としているというような訳ではない、理解しているというだけの話だ。新しいことをやる気力が湧かない、何かが素晴らしいと信じることができない。そしてそのことに絶望すらしていない。鬱々とするよりもマズいことになっているのかもしれない。ただの五月病であることをなけなしの心を使って祈る。

こわい

ここ数週間、人にこわいとよく言われる。素晴らしいことだ、だってぼくもぼくが怖いんだ、よくわかったね、見ててくれてありがとう、っていうなんかもうこの感じも狂ってるみたいでこわい。こわいってなんだろう。調べてみたら概ね、悪いことが起こりそうで不安な気持ち、みたいな風に出てきた。ぼくが人に聞いた話では、未知も恐怖に繋がるらしい。未知、なるほど。というか既知のものなどあるのだろうか、ありとあらゆるものが本当は未知のはずなのに。安心とはなんだろう。いきることは思い込みの連続だとしたら、想像した途端に地面が消えてフワリと浮いた。さいきんまばたきをした瞬間に知らない場所に立っているような気持ちになることが多かった。ぼくは心に目がついていないので、自分のことが一番よくわからない。正確に言うと、自分のことが一番わかった気になれない。自分しか居ないことによく飽きないね、というようなことを言われたことがあるのを思い出した。一瞬一瞬で変わっていくから、終われないだけだよ。ひとつ終わらないと、終わったと信じられないと次へ進められないの、有名な病気なんじゃないかと思う。

話がやや変わるが怖いゲームが好きだ。せっかく新しいバイオハザードを買ったのに、怖いのが苦手な人ばかりで一緒にやってもらえない。なんで好きなの?と訊かれると、刺激バカだから、と答える。ドキドキしたい、ワクワクしたい。というわけでもなさそうだ。心が上にも下にも大きく動くのが好きなんだと思う。大きく動くことだけが目的なら、幸せより悲しみの方がコスパがよい。心を器とすると、割れる直前まで注ぎ込んで、息継ぎをするその一瞬にしがみつく。息苦しさを上書きする、より大きな気持ちよさを重ねていく。そうすると、刺激に騙されつづけて見たくないものを見なくて済む。あの頃を生きていくためには仕方がなかったと思う。わざわざ不幸になる気なんて今更もう無いのだけれど、そういうやり方がいちばん身に馴染んでいて、こわい。でもぼくは、それ自体が悪いことだとは思っていない。人は皆うまれた瞬間から死に向かってスタートを切っている。壊れるのが先か、命が尽きるのが先かという話だ。健康を選ばない、安定を選ばない生活するならせめていま死んでもいいと思えるような毎日を過ごさなきゃいけないよね、と友達の工藤ちゃんが言っていて腑に落ちた。いつ死んでも仕方ないのだとしたら、問題は中途半端なことだ。おれはこわい。簡単に生きていけることがこわい。なにかをこわしてしまうことができる自由がこわい。こわくなくなってしまうことが、こわい。