小雨が燦々と降る夜はエモい

詩、もしくは思想

2019/10/25 - 2019/11/12

感情が火花みたいに弾けるのが好きで、地獄ばかり巡っていた。誰よりも高く弾けたら、その瞬間、誰よりも存在しているような気がしていた。パチン、パチン。すぐ飛んで、すぐなくなるのは泡とおんなじ。2019/10/25 - 2019/10/28。京都と大阪へ旅行に行った。20くらいの時に知り合った友達の家に泊まった。その前の日は大人になってから出会った人の家に泊まった。これまで色んな出会いがあって、色んな別れがあった。それらに対して、わたしはわたしのままで居られただろうか。「わたしらしさ」なんてありきたりな言葉を考える。どんどん変わっていって、残る最後の自分はいったいどんなてざわりだろう、どんな色のひかりだろう。色んな理由があってみんなわたしのことを好きになったり、嫌いになっていったんだと思う。わたしにも好きな自分や、嫌いな自分がいて、それが良いタイミングで顔を出したり、嫌なタイミングで顔を出したりする。美しい自分のままでいたいけどそれには努力が必要で、ダメなままの自分も愛してほしいなんて、月並みなことも考える。傷つけてしまった人は変に気を遣わず、どんどん離れていってほしい。わたしから嫌いになることはきっと無いので、穏やかに暮らしていてほしい。わたしは被害者になることより、加害者になることの方をずっと恐れている。それは優しさではないと思うけど、優しくありたいといつも漠然と抱えている。

 

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カネコアヤノのライブを京都で観た。今まで観たカネコアヤノさんのライブでいちばんよかったかも。カネコアヤノさんは光。すごい人を「神」って褒めることあると思うけど、カネコアヤノさんは光って感じ。なくても死んだりしないけど、あってくれて本当に助かっている。生活が豊かになる。歌を歌っていてくれてありがとう、という気持ちが沢山で、ライブを観ながらお手紙でも書こうかと思った。ライブ中にステージの上を羽のようなものが舞って、ステージライトの中へ消えていったのを見た。その絵が、妙に印象に残った。

 

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京都のお土産さんを物色していたら、店に入ってきた着物のお姉さん衆が土産を眺めながら「ぷりちぃやわぁ」と言っていたのが耳に残った。とても可愛い言葉だなと思った。良い和洋折衷。

 

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冷蔵庫のコンセントが抜けたまま、気付かずに1日を過ごしていた。冷凍庫のものが全部ダメになったので、入れっぱなしになっていたズブロッカのボトル以外すべて捨てた(正確にはいつ買ったかわからないハーゲンダッツのバニラ味が入っていたことに気付かなかったので、それも除く。あとで気付いたがまた冷凍されて固まっていたので、美味しく食べた)。悲しかったけど諦めと同時に、すっからかんの冷凍庫を見ていたら少し気が楽になったような気もした。わたしはいつも抱えすぎる。ほんとに必要だと思うもの以外、要らないはずなんだけど捨てるのが下手すぎる。取捨選択こそセンスだと他人には説くが、それは誰よりもわたし自身に向けて言っている。選んでいく、そのために五感とお金はある。

 

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11/4。大好きな人たちとピクニックをした。楽しすぎて買い出しが終わった時点で「満足したから帰ろう」と冗談を言ったけど、あれはけっこう本当で、ピクニック中ずっとボーナスタイムって感じだった。とにかく沢山の人と出会いたい、とにかく沢山の面白いものに触れたい、そういう気持ちで東京へ出てきて、実際に沢山触れてきたけど、最近は掌に収まる範囲を計っている。気負わなくてもすきでいてくれる人たちを大事にしようと思っている。輪郭を取り戻す。

 

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11/9。誕生日だった。尾崎世界観Kabanagu加瀬亮えなりかずき俺、誕生日おめでとう。誕生日を祝ってくれた人たちが生まれてきてくれたことを心から感謝します、あなた方の幸福と健やかを祈ります。わたしはつよくなる。

 

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猛烈に生きていたい。

 

 

はなすように、いきをするやうに

10/22。高井つき奈ちゃんの主催イベントを観てきた。美しかった。アイドルってかわいいけど、ステージの上にいるのがいちばんかわいいし、かっこいいし、素敵なんだって実感させられた。美しいイベントだった。つき奈ちゃんがステージの上にいる姿も初めて観たけど、本当に感動した。クラスの目立たないやつが、実はバンドをやってて、ステージでは全然違う姿を見せていたような感じ。つき奈ちゃんは普段からキュートだけど。美しいイベントだった。美しいひとの光を吸って俺は生きている。美しい絵や美しい音楽、美しいひとの優しさや愛おしさ、もらったもの、その全てがカスみたいな自分を整形してくれている。「本当の自分」なんて本当に要らなくて、なりたい自分に少しずつなっていく。おれはおれに、なっていく。やりたいことを全部やる。美しくなりたいなんて大それたこと思えないけれど、マシになり続けて、すごく良くなる。

 

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最近ノートパソコンを新調した。かわいい色のかわいいやつ。作曲のために良いやつを買った。ここ数日は毎日遅くまで働いて、帰ってきてから朝まで作曲ソフトを入れたり、設定したりしていた。ついさっき設定が完了して、起動してみたら前のパソコンとは比べ物にならない速さで動いた。ノートだから持ち運びもできる。安くて良い買い物をした。コアラコアラくん色々教えてくれて本当にありがとう。嬉しい。

 

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京都に遊びにきた。あんなに憧れて、あんなに好きだった東京に疲れる日が来るとは、あんまり思っていなかった。知らんとこに行きたい〜と思う。でも別に知らんとこならどこでもいいから、海外とかはあんまり食指が動かない。関西出身の人のことを思い出し、この街が故郷の人もいるのかと想う。自分が異物であるというような感覚が、心地よくもあり、居心地悪くもある。ぼくの知らない駅が、誰かにとって馴染み深い場所なのだ。

 

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君島大空さんのライブを初めて観た。確か言葉に寄り添うギターを目指しているというだけあって、歌が真ん中にあって、でもギターと溶け合っていて、歌のリズムとギターのリズムが、ビート的な意味でなくカッチリハマっていてとても良かった。この場合リズムというより、呼吸の方が言葉としては正しいか。永遠に忘れない瞬間って、とても大きなものもあれば、ふとした、ちょっとしたこともあると思うけれど、多分、今日のライブも忘れないと思う。息をするように、話すように歌う、美しい人だと思った。

うたのけはい

季節は前触れもなく変わる、人の心はどうなのだろう。すっかり寒くなり秋の気配、台風が連れてきたのだろうか。伝えられない気持ちや伝えてはいけない気持ち、置いてきた気持ちはぜんぶ歌にできる。私には歌がある、芝居がある、声と身体がある。なんて素晴らしい身体!最近よく自分の作った曲を聴いている。拙くていやだったけれど、いま思うと自分の言葉と声で綴ろうとしていて偉いと思った。あの痛くて痛くて苦しかった時間を、少しでも何かにしようとしていて偉い、なんて他人事のように思う。君が笑って生きる意味が汚れた、なんて詞、もう書けない!でも歌になっているし、こめかみに撃ち込まれた銃弾は今でも心の火と鉛だ。音楽になるという感覚、うたが身体の一部になっていき、揺れて白く発光するのをおれは知っている。うたにはけはいがある。青葉市子さんがそういうタイトルを曲にしていて、うわーって思った。おれに足りないのは脳、アイノウ。

2019/10/13

働いて、お金を稼いで、暮らしをする人の尊さを噛みしめている。昨日は引き続き部屋を片付けつつ、髪を切りに行った。ついこないだのことと思っていたけど2ヶ月くらい経っていた。すごい速さで時が過ぎる。おれは良くなっているが時間の速さにはあまりついていけている気がしていない。でも多分、永遠についていけないんだと思う。心の準備など、いつだって出来るものではない。それはきっと人間のちっぽけさとイコールで、大きな運命や時の流れの中で、少しでも良い方向を向こうとしながら、迎えてくれるものを受け入れていくしかないんだろうと思う。それは悲しいことではなく、ただそういうものだという話。だって何も変わらないもの。私はただ私であろうとするだけ。いつ死んで、いつシアワセになるかなんてわからない。

髪を切るのは昔から苦手だったけど、いま通っているお店はけっこう好きで、切ってくれる人も好きで、嬉しい。そういうこともある。苦手なものがすきになったり、すきなものが苦手になったり、きっとしていく。嬉しさと寂しさがいつも混じる。

髪を切ったあとはいつもの人たちと一杯飲みに行った。店では蓮根を推していて、蓮根ばかり食べた。友達のひとりが「半年分のレンコンを食べた、一年分とは言わない」と言っていて、言葉選びの誠実さとおかしさに安心した。トイレに入ったら壁の向こうからコンコン、コンコンと謎のリズムが聞こえてきたので、都市伝説みたいだなと思い、意味もなくコンコン、と返してたらトイレに入ってきた人に見られて少し恥ずかしかった。

飲んだあとは公園まで散歩して、アスレチックを一周した。すべり台を2、3回すべった。夜の公園には若者がたくさん座っていて、そんな中で本気で遊ぶ、20代後半と30代。そのあと地下に潜るタイプの自転車置き場に降りて、大きな声を出して反響させたりして遊んだ。「G/F」という仕切りの文字が「GIF」に見えて、「PNGはどこだ」「JPEGはどこだ」なんて馬鹿な会話をして、別れた。

家に帰って北海道の友達と電話をし、少し歌った。北海道に住んでいる別の友達からも連絡が来て、音楽についてなど話した。お互いに頑張ろうなどと偉そうに言った。おれは頑張っていないので、少しやる気を噛み締めた。

その後、近所に住んでいる大学時代の友人から銭湯に誘われ、向かう。湯と水と交互に浸かりながら、仕事の話などをした。銭湯を出てからコンビニでジュースを買って、公園で少し話した。奴とは大学時代、バンドを組んでいて、当時の話や、作った曲の話などをした。あの時にしか作れない、良い音源を作ったと思う。今はもっと良い曲を作れるけど、あの時にあの気持ちを形に残せたことが嬉しい。

寒くなってきて家に帰るととっくに深夜で、充電の切れたiPhoneを復活させると、大好きな友達から「よった」と一言LINEが届いていた。返すと返事がきた。嬉しかったけど夜更かしを心配した。買ったばかりのBluetoothスピーカーでスガシカオをかけながら、いつのまにか眠っていた。明日は頑張ろうと思って寝た。

たいふうのけはい

今日は台風で、久しぶりに沢山眠って、友達と電話をして、うたのかけらを沢山つくった。ちゃんと完成させたい。台風はけっこうすき。不謹慎かもしれないけど、落ち着かない感じが祭りの前夜みたい。みんなが家から出ないで閉じこもっているのもすき、街が限りなく街のままでいるみたいだから。遺跡みたい。台風が過ぎたあとの空気もすき。静けさと騒めきが入り混じったような、少し雨気の残った空気がすき。台風があがったら遊びにいこうねって話もすき。さいきん友達の数を数える。大事にしようとおもう。自分は自分に興味があるけど、大事にする気はないんだな〜って気づいた。でも誰かを大切にするためなら、自分のことをもうすこし大切にしないといけないと思う。ぼくがぼくを大切にしないのは勝手だと思うけど、その余波で他人を傷つけるのはやめたい。孤独を愛したい。ひとりでごはんを食べられるようになる。君の話をちょうどいい温度で聞けるようになる。歌を歌えるようになる。誰かを愛せるようになりたい。やさしくなりたい。身体なんてなくても美しくなりたい。嫉妬をしないし憎んだりもしたくない。ピクニックがしたい。なんだ、けっこうしたいことあるな。童顔でよかった。身体と心を知る。おいしいお酒でも飲もう。

ひとのかたち

電車にうねる人、人、人。少しくらい人の形をした人でないものが混じっていても気付かなさそう。叫び出したい気持ちと流れ出したい身体をグッと抑えてその群れに乗り込む。私は人なのだろうか、それとも違う方なのだろうか。ねだるな勝ち取れ、さすれば与えられん。中学生の頃に流行ったアニメの言葉を今でも思い出す。居場所がどこにも無いと嘯いていた10代を過ぎて、観念して歌を歌い始めたら人が集まってきて、居場所が生まれた。あの時の感動は今でも覚えている。ねだらないで勝ち取ったら、与えられたと思った。自分で生み出したものを自分で発信して、関わりが生まれた人たち、生まれた空間には感謝しかなかった。歌は元々好きだったけれど、歌に特別な意味が宿った。いま、私は生きている。自分の頭と心で考え、身体を動かし、選んだ道の上を、自分の足で歩いている、はずだ。でもどうしてか、何かに動かされている、ベルトコンベアの上に乗せられているような感覚を持つことがある。死までまっしぐら。日は吐き捨てられるように流るる。誰かの優しさや痛みに気付けないときはよくないときだ。おわかればかり、上手くなってゆく。どうしようもない時の自分だって自分の一部。私の持ち物の全ては、くだらなささえも私の一部。だけど哀しみや絶望は感じる。なんで善い自分だけでいられないのだろう。君の愚かさを愛せるのは自分だけだと言ってくれた人のことを思い出す。奴は嘘ばかりつく奴だったが、嘘でもかまわない。魔法みたいだから。