小雨が燦々と降る夜はエモい

詩、もしくは思想の日記

光、液体、祈り

浴びることができるのは液体だけだと思っていたけれど光も浴びることができるらしい、言葉って面白いですね。そうそう、わたしは人間らしさを愚かさやノイズのようなものだと思い込んでいて、研ぎ澄まされるということと機械になることの違いについてずっと考えていたのだけれど、人間であるということは孤独であるということなのではないかと勘付いた。愚かでなくても人間でいられる!これは個人的にはかなり核心なのである。ところで最近は毎日The Last of Us Part IIのことを考える。凄いゲームだった。凄惨で迫力のある物語だった。賛否両論あるだろうけど賛否両論なきゃ嘘だと思う。生きるということと殺すということ、それが哲学でなくただただ端的にリアルなものとしての手触りがそこにあった。それだけで強度を保つことが充分に出来ていたし、それだけで充分過ぎるテーマだった。ところでゲームって他人に勧めにくい。ラスアス2(Last of Us Part II)も10時間くらいの映画か連続ドラマにしてくれたらゲームやらない友達にも勧められるのに、って思うけどゲーム実況動画って結構な文化だな。ゲームできない人にとって革新的だったのかもしれないね。わたしはゲームかなりやるからあんまり気にしたことなかったけど。今日はめちゃ好き友達とギター見に行ってギター欲しくなって、本当に久しぶりに働きてえ〜!働いてたら買ってた!みたいな気持ちになれてよかった。お金使いたいです。10年前だったら仲良くなれてなかっただろうな〜みたいな人たちといま仲良くできてるの最高だな〜って思った。10年前に上手くやれなかった人たちとも今なら上手くやれるかもしれないと思うと少し寂寥。でもそれがなかったら今のわたしは居ないので縁って本当に難しい。必要な出会いも奇跡的な出会いも沢山あった。そうでないといけない気がするから、運命ってあるとおもう?わたしはあると思う。とりあえず、わたしの好きな人たちは全部大丈夫、それを傲慢に強く信じてる。祈りです。