小雨が燦々と降る夜はエモい

思うままに綴る詩、もしくは思想

うつつ・うつろ

もう愚かさに執着する必要がない、私の愚かさはあの日の銃弾のような言葉を信じるためにあった。もしくは私の過去が私を愛しんでくれたことを信じるためにあった。さよならばかりの人生だったが、いつかは自分の人生にさよならする時がくる。その時、自分が思い出すものは、失ってきたものばかりのような気がする。それはこれまでもずっとそうだ。今あるものよりも、失ってきたもの、失いそうなものばかり思い出す。流行じゃない感情だからといって、すぐに美しくなれるわけではない。これは厳然たる事実として、その通りなのだから、しようがない。その在り方を善しとするかどうかは、また別の話として。

巷では愛という言葉が横行する。私はその言葉があまり好きではない。正確にいうと、その言葉自体というより、その言葉のそういった在り方をあまり好ましく思わない。私の知る言葉のうち、最も外側ではなく、それが発せられることとなった起点や内実の方に、その意味性を依拠する言葉だからだ。一対一で、その言葉が発せられた瞬間から遡って、なぜその言葉が発せられたのかを含めて両者が共有して、初めて意味を持つと思っているからだ。だからひどく個人的で、汎用性のない言葉だと私は思っているわけで、横行するという在り方それ自体が、私の思うその言葉の存在性に相反しているというわけだ。いっそ、そんな言葉なくなってしまえばいい、と思うことがある。あなたがかっこいいあなたがかわいいあなたがすばらしいあなたがすてき。私はただその一瞬その一瞬を掴んで、新しい気持ちで伝えていきたいと思う。名前はまじないで形だから縛られる。私は形式が苦手だ。いつだって水のように、炎のように在りたい。カンフーでも習おうかな…。

生まれた土地に帰ってきている。窓が厚い。かつて自分の部屋だった部屋のあまりの本の多さにたじろぐ。ほとんどが読まれて、自分の頭の中に入っていると思うと少しだけ恐ろしい。この部屋で育ってきた。この量の本を持っていけないということは、いつか捨てることになるのだろうか。思い出がたくさんあるから切ない。終わりばかり気になる。