小雨が燦々と降る夜はエモい

わかってもらえなくてもいい 日々の記録

シの夏

平成最後の夏などと言うが、今のところ記念すべきような夏イベントはおこなわれていない。最後の夏と呼ぶにふさわしく思い起こされるのは2年前の夏。もう二度と来ないだろうと確信を持って言える季節なんてなんて奇跡なんだ。それを誰かと共有していたなんて。むせ返る匂いは夏としか呼べない、名前より実態が先に来ている、夏以外ではない時間。Qomolangma  Tomatoのライブを下北沢で観た、あれから活動休止が決まって、決まってから尊さの価値が体内で上がるなんてズルだ。でもそういうものだ。感傷でもなんでもなく、終わりに近いものはそれだけで尊い。だって終わってるんだから。かけがえがない。掛け替えがない。この世にもう存在しないのだから。

でもそんなこと言い出すと今この瞬間から全て二度と来ないので全てがそういうものじゃないかという論理になるが、体感の話だ、体感の話だし、でも別にそういうことでもなんら問題はない。息をしている。息をして生きて死に向かっている一瞬一瞬、ほんとは全て愛おしいはずだ。だから感覚を拡張して、今の尊さを胸いっぱいに吸うべきなのだ。そういう季節だ、きっと夏は。終わりと始まりが同居する季節。細胞の端々まで夜を染み渡らせろ。久しぶりにブログなんて書いたな