小雨が燦々と降る夜はエモい

わかってもらえなくてもいい 日々の記録

夏の光、夏の陰

どうしても眠れないから観念してブログでも書くことにした。海と宇宙が似合うあの子がぼくのために見繕ってくれたという貝殻がどんななのかが今は楽しみだ。こないだラブサマが「ささこさんとあそびたいなって思ってた!」って言ってくれて嬉しかった。ぜんぜん連絡なんか取ってないのになあ。音楽を作る人と相対すると、ついそのラインの上で考えてしまって、ラブサマみたいにちゃんとやってる人に対しては「こんなに実績も無い人に仲良くしてくれてありがとう…」みたいな気持ちがむくむくと起き上がってきてしまう。なんかそれ、人間関係に対して失礼っぽいよね。音楽やってなかったとしても多分ラブサマのことは好きだけど、音楽やってなかったら出会ってなかったと思うから、複雑な気持ちだ。

自分のブログを読み返していたら、前にラブサマに会った日に、おれはどこかへ行ってしまう。おれはどこかへ行ってしまう。それだけはもしかしたら、少しだけ美しいのかもしれない。って書いてた。今はぜんぜん死にたくないし老いたくないし無くなりたくないし永遠が欲しいから、コロコロと気分は変わるなって思う。だからこそ、日を記しておくのには意味があるのか。そういえば眠れない夜にあの夏のことを思い出さなくなった。10代のうちには永遠だと思っていた恋もいつの間にか終わっていた。あの日魔法みたいだと思った瞬間は今も信じているけれど、きっと二度と手に入らないものだ。壊れない約束なんて無いのかも知れないけれど、100年続く約束がしたい。いつか死んだ時に全てを手に入れたと思えたのなら、それは永遠なのかも知れない。もしかすると人はいつか死ぬから永遠を手に入れられるのかも知れない。いま愛おしいものは何だろう。誰かにあげられるような経験がぼくにはあるだろうか。ぼくがいつも思い出すのは、誰かにもらった言葉ばかりだな。ぼくにしか向けられたことのない言葉たち。ぼくにしか意味のない言葉たち。もしかすると、ぼくの言葉も誰かの中にずっと残っていたりするのだろうか。そうだったらいいな。そうだったら嬉しいな。

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