小雨が燦々と降る夜はエモい

わかってもらえなくてもいい 日々の記録

黒と宇宙の違い

病気になって身体がしんどくなって、身体がしんどくなったら心までしんどくなって、死にたい死にたいと毎日つぶやいてきっっったない部屋で寝込んでいたら、自分がいかに暮らしを蔑ろにしていたかを見つめさせられたような気がした。1億年ぶりに部屋を片付けようと思い立ち、本棚を整理していたらマンガを読みふけってしまうクセは昔となんら変わらない。途中で力尽きて片付けを始める前よりごたついてしまった部屋の片隅で、「こんなマンガ持ってたんだったな、すっかり忘れていた」。おれはおれが何を持っていたかを、本当は何を持てるはずだったかをすっかりすっかり忘れていた。いま青山景の「ピコーン!」が足元に転がっていたので読み返していた。青山景さんは自殺してしまった。だからか、なんとなく作品全体から、死に近い匂いがするような気がする。のは自殺してしまったという事実を知っているからだろうか。何にせよ、何も知らない読者のセンチメンタルをひっかく要素になってしまっていることを、どう思うのだろうか。死は強いから、美談にするのもセンチメンタルにするのも無粋で下世話だとしたら、何を思うのも難しい。何も思わないのも難しい、強いから。かつて麺類子という名前で絵を描いていた子が非常に好きだ。彼女に「おにいさんは死に近い気がする」と言われたことがある(彼女はぼくをおにいさんと呼ぶ)。「死ぬ死ぬ言ってなんだかんだしぶといタイプでしょ」、と幼馴染は言っていた。どっちだろうな。どっちでもいい、思索も虚無ももういい。ふと思った、ただそれだけのことを記した。