小雨が燦々と降る夜はエモい

わかってもらえなくてもいい 日々の記録

ぼくはぼくになりたい

全ては呪いのようである、20才の頃にはそんなことを思っていた
あれからもう4年が過ぎた、相変わらずぼくは何者にもなれていない
高校生の時には倫理の教科書を読みながら 善く生きること なんかについてあれこれと思考を巡らせていたりしていたけれど、今となっては全てが机上の空論だったとおもう
いきていくということ、いきていくということに付いて回る面倒なこと多すぎ。金とか

21才の時に初めて組んだバンドで 消える という曲を作った
消えるのだ、何もかも
楽しいことも嬉しかったことももちろんだけれど、あんなに悲しかったり苦しかったりしたことも、何事もなかったかのように消えていくのだ
悲しかったり苦しかったりしたこと、たぶん忘れた方が良いと思う人の方が多いような気がするけれど、
ぼくはそれらが何事もなかったかのように消えてしまうのは、あんなに悲しんだり苦しんだり、他人を傷つけたりしてしまった自分の過去に対して不誠実ではないかと思って、やりきれなかった
どいつもこいつも忘れていきやがる、なかったことにしていきやがる

だけど今はそんなこと、どうだっていい
過去に執着しても何も変わらないし、変わらないどころか全ては悪くなっていく一方だ
忘れてしまうからといって、それがそのまま過去に誠実でないということと、イコールではなかった
過去に誠実であるということは、過去を踏まえ、未来のために生きるということだ

さて、頭ではわかっているけれど、ぼくは相変わらず過去の自分の亡霊に毎日殺されている、お前なんかが幸せになってよいものか、お前なんかが何かを成せるものかと問い質されている
何者にもなれていないというのはそういうことだ

このまえ、友達でシンガーソングライターでアイドルで、少し変わっていて少し普通の女の子の、工藤ちゃんが
「何かになりたいってことに気付いてない人、多すぎですよね」
と言っていて、ハッとした
そうか、ぼくは何かになりたかったんだなぁ
わかりやすいカテゴライズをうけるため、いままで色々なことに手を伸ばしてきた
ドラマを作ったり、演劇をやったり、バンドをやったり、
さいきんはライター講座や詩人になろう講座なんかにも顔を出してみたりしていた
そのたびに他人に説明できるような肩書きは得られたけれど、自信を持って伝えられるものはなかった

今日は思うがままに書き進めている
話がまとまらなくなってきた
とりあえずいきる、それだけはきめている