小雨が燦々と降る夜はエモい

わかってもらえなくてもいい 日々の記録

刻む

得ると失うがあって、得るを得てしまうと失うを忘れてしまうのはいったいどうして愚かなことだと思う。美化も卑下もしたくない。いろんなひとがいます。いろんなひとがいます。わすれないために歌を歌わないと。無駄なことなんて何にもなかったよね。破滅的なものも美しかったけど丁寧に生きるを出来る人たちも美しい。どっちかしか無いなんてこともないから今を掬うのが間違いないし間違えたくない。痛みを知るほど痛みに過敏になっていくのはよくない。身体は適応していくから、適応したい未来を日々自分に用意してあげるしかない。理性や知性はきっとそのためにある。生存ではなく、生きるをするのは、きっと繊細なことだ。惰性はクソ、新し続けろ。

あまい

あの雨の音、四角い部屋でのことをぼくは忘れたくない。少なくとも、ぼくがぼくでいる限りは。永遠なんてほんとはないのかも知れないから、こうして電脳の海の片隅に記しておく。身体と心があるからここに居られる。脳のてっぺんから電気信号が足の先まで流れる。言葉はいつだって後付けだから、名前がつく前に、名前をつける前に、ひとつひとつに集中して、食べていく。理屈っぽいのに信じてないから、いつだって体感しないとわからない。言葉が淀みなく流れるのは誰かのおかげだ。魔法はこの身体に宿る。日記に書けない不幸とおんなじくらい本当なんだから、秘密は日記に書かない。誰にもわかって欲しくないことがあってもいいなんて、大森靖子さんから教えてもらった。時を途切って生きてきたけど、なかったことにはならなかったな。そういう生きものに育ってきたから、心配要らなかったね。傷付いてきてよかった。

ヒカリエ

3/18。人生で初めて自分で曲を作って、自分でメンバーを集めて組んだバンドの、最後のライブが終わった。自分でメンバーを集めて、とは言ったものの、思い返すとほとんど偶然のような形で、いつの間にか何となく決まっていた。
音楽なんて聴かないし、ましてや自分でやるなんて到底無理だと思っていた頃、売れてるバンドが「バンドは奇跡」だとか言っているのを何かで見た。当時はただの別世界の、成功者の戯言だと思っていたけれど、今は少しわかるような気がする。収まるべきところに収まるようにバンドが組まれ、そのメンバーじゃなきゃ作られなかっただろう曲が出来、普通に暮らしていたら何の接点も無かったかも知れない人達の前で披露される。運命だとか奇跡だとか、強すぎて匂いがきつい言葉でたびたび表されるのも仕方がないと思うし、暮らしの中でそういう言葉に非常に近いところにある、数少ない場のひとつかも知れない。
ある事柄や人が自分の人生に密接すぎた時に、ぼくは「出会えてよかった」とかは逆に思わない。どちらかというと「出会うに決まっていた」という感覚を想う。色々あったと言えるほど色々無かったし、何も無かったというには何かが有ったし、目に見えるような大きな成果が残ったバンドではなかったけれど、このバンドが無い人生は、おれにはあり得なかった。有難う、と思う。もしこうなることが決まっていたとしても、それでも、有難う、と思う。有難い。こんな素敵なことは、有るのが難しい。
 
需要の無い悲しみについて。みんなわかりやすい悲しみが好きだ、と思う。例えば、物凄く好きだったのに振られた、とか、大好きな家族が亡くなった、だとか。でも世にある悲しみの多くがわかりやすいかというと、そんなことは無いと思う。物凄く好きだったけど、価値観は合わないなと正直思っていたかも知れないし、将来を考えると恋人の収入には大きな不安があったかも知れない。大好きだったけど介護が大変だった家族が亡くなって、本当に悲しいけれど内心ホッとしているかも知れない。そんなわかりにくい悲しみには、需要が無い。みんなドラマを求めている。笑って泣けて怒って共感できるドラマを求めている。
ぼくが抱えていた悲しみには、需要が無かった。倫理問題、責任問題、誰が良くて誰が悪い。誰に悲しむ権利があって、誰に責める権利がある。そんなことはわかるし、そしてわからなくて、ただそこに、悲しい苦しいつらい痛い、なんかもうぜんぜん生きていける気がしない。そういう気持ちがあることは確かで、そしてそんなことには誰も興味が無かった
良い曲を作りたいという気持ちは少なからずあった。でもそれ以上にぼくは、この気持ちをどこかに吐き出さなくては頭と心と身体がパンクしてしまう、その一心で、この気持ちを、出来るだけそのままの感触で形に残すことを目指し、言葉と感性を尽くした。
だから作曲が楽しいと思ったことなど、一度も無かった。ギターを抱えて、感覚を研ぎ澄ますフリをし、この気持ちにはこのメロディ、この気持ちにはこの速さ、リズム、フレーズだと、何度も何度も弾いて、歌って、叫んで、録音し、試した。
音楽的には、拙い曲ばかりだったと思う。言いたいこと、歌いたいこと。ですら無かった。誰にも見せられない日記の出来損ないのような、ひとりごとのような歌詞を乗せて、歌えるか歌えないかギリギリのキーで、喚くような曲ばかり作った。
そんな曲ばかり演奏していたのに、カッコいい、と言ってくれる人が少し出来た。今日のライブ良かったよ、と言ってくれる人が出来た。企画ライブにぜひ出てください、と言ってくれる人が出来た。少し音楽が楽しくなった。
最初は自分を救いたかっただけなのに、誰かに楽しんで欲しいと思った。
そしてバンドを組んでから約3年、定期的な活動を止めてから約2年。1年ぶりで、そして最後のライブ。何人かが「あの曲やるんでしょ」「あの曲聴きたい」って言ってくれた。下手な演奏に乗って、沢山の人が最前で暴れてくれた。
別に長年の活動の中で満を辞して企画したワンマンライブとかでなく、大学時代に所属していた軽音サークルの、内輪の、ほんの小さなライブだったけれど、こんなに眩しいことが、ありふれた暮らしの中にあり得るだろうか。

 

音楽が無いと生きていけない、音楽に救われた。そんなドラマチックな経験は、ぼくには無い。音楽が無くたって何だかんだ生きていただろうし、音楽よりマンガの方が好きだし詳しいとも思う。でも、もしかしたら。ぼくも音楽に救われたと言っていいのかも知れない。音楽をやっていて、良いことが沢山あった。良い出会いも沢山あった。有るに決まっていたし、出会うに決まっていたのかも知れない。でも、この程度のことを、人は奇跡と呼ぶのかも知れないと思う。本当にありがとうございました。

あさ

昨晩は久しぶりに美味い酒を飲み、友達の家に泊まった。人が居る朝に朝を意識するのは、単に陽射しのよい部屋だったのか、朝陽が似合うひとなのか。いそいそと準備をする姿をボーッと眺めていた。本当にぼくが居ることなど意にも解していない様子で、いちばん空気になったみたいだった。うつくしい暮らしをするなあと思った。空気や概念になって、何の齟齬も介さずに、暮らしや未来を眺めていたいと思う人のひとりだ。もう5年来の付き合いになる、と昨日気付いて、あんまりそんな感じしないなあと思った。1年に1回も会っていないから、会うたびにストーリーが進む。進むけどマイペースなひとだから、地続きには感じる。月間連載という感じ。もうぼくの右目なんか、要らないんだろうな。ぼくの仕事も多分もう終わったから、パラレルパラレル。またたまに遊ぼうね。

撫でる

この世の全ては全部おれのためにある、それは傲慢ではない、いや、傲慢だから、傲慢にならないよう意識をしなくてはいけない。意識をしてちゃんとおいしいところをいただく、ひとにはやさしくする。消費は意思がないからよくないと言われた、非常にわかって嬉しくすらなったけど、ちゃんと意思を持って消費されにいくんだよって思ったんだよ。おんなじなようでちゃんとちがう、というかほとんど人の受容体からするとおんなじだから、そこは感情に委ねていいとこだと思う。でもちゃんと理性も忘れないように、大事なのは右脳と左脳のバランスだ。これはありとあらゆることの話だ。だらしのなさも光になる、うつくしさも毒となる、とくべつはつくるものだと最近よくおもう!ただのにんげんごときにとってつまらないほど、地獄はつまらなくないんだと思う。宮崎駿御大が大事なものほどめんどくさいと言っていた。いきるのは結構つらいし、ただひたすらにめんどくさいだけ。

うたのけもの

人でいながらにして人であることを忘れなくてはならない、けもの、獣でなくけもの、感性が風を切って余計なものを削ぎ落とし剥き出しになることを透明と呼ぶ。さいきんはカネコアヤノちゃんばかり聴いている、折坂悠太さんがカネコアヤノちゃんのことを「うたのけもの」と呼んでいた。うたのけもの。うたをうたうには、けものになることだ。「退屈な日々にさようならを」という映画のライブイベントに行ったんだ。2/24。マヒトゥ・ザ・ピーポーさん、chelmicoさん、カネコアヤノちゃん。カネコアヤノちゃんを「うたのけもの」と呼んだ折坂悠太さん。そう呼べる彼もまた透明な感性を持っている。出演者全員のライブが素晴らしかった。そんなイベントなんてそうそう無い。

「きみをしりたい」という曲がすき。きみはしらない、それでもいい、からだはふたつ。しりたいきもちはどこまでも残酷なものね。

だれかとひとつになれないことを自覚していきること。それは悲しみではないから、切なさを抱えて、いいえ、切なさを備えていきていく。涙がこぼれそうでこぼれない、そういう温度の音楽。またひとつうつくしいものを知った。

 

自分のおなかに手をあててみる。グルギュル、って、うごく。呼吸をするたびに胸の中がひろがる。温度がある。いきている。いきている。じぶんがいきていることを最近よく思い出す。もうすぐしんじゃうのかな、だったらやだな、愛おしいものが沢山あるのに、これからもきっと。時が流れるだけでセンチメンタルだから、いきているだけでずっとセンチメンタルだ。身体も愛もいくつも在りたい。

ぼくしか知らない公園

記憶を辿るに約10年振りに高熱が出た、あたまが痛いし非常に寒い、一人暮らしの病気はつらいと聞いていたが、これが噂に聞きしあのそれか〜って感じで、またひとつ知らない経験を得たと思うと、しんどいもののちょっとだけ嬉しい。本当に経験バカ。

さて、毎日夜更かしをしているせいか全く寝付けない。今朝はだいたい4:44に目が覚めた。かつてぼくのグミ好きは周知の事実で、お見舞いに来てくれた友達が各々、大量にグミを買って来てくれたことを思い出した。あれは14才くらいだったろうか、いや、誕生日プレゼントだっけ?後者だったような気もしてきた。それくらい、高熱なんて久方ぶりのことだ。

せっかくのおやすみなのに、何にもできないのしんどいなあ。でも何にもしないでお布団の中に居るのなんていつぶりのことだろう。昔は何にも興味がなくて、お布団の中で音楽を聴きながら、好きなマンガを読むことが一番の幸せだったというのに。人は変わらないけど変わる、いつ死ぬかわからない。

さいきん、過去に戻れたらどう生きるだろうとよく考える。あの失敗やこの失敗をどう上手くやってやろうかとは思うけれど、選択自体を変えるとはあまり思えないから、間違いはなかったのかもしれない。いや、どうかな。都合よく解釈しているだけかも知れない。ぼくは簡単にぼくを騙すことができるし、騙されているからなかなか気付かないんだ自分のことなのに。少なくとも誰も傷付けたくないとは思う。そうしていたらまだあの子は神様をやっていただろうか。